【Givenchy|リカルド・ティッシ期】創業者の端正を捨て、ゴシックとストリートで蘇らせた12年

2026.10.10 Givenchy 編集部
ティッシが受け継いだのは守るべき型ではなく、創業者という空いた核だったことを理解させる

結論から言う。
リカルド・ティッシ(Riccardo Tisci)がGivenchyに持ち込んだのは、創業者ユベール・ド・ジバンシィ(Hubert de Givenchy)が守り抜いた貴族的な端正さの、ちょうど裏側だった。
陰影の濃いゴシック、都市の男性性、そしてストリートの匂い。
それでも彼は12年もった。
歴代最長である。

創業者の美学を捨てたデザイナーが、なぜ歴代でいちばん長くメゾンに居られたのか。
ここから始めたい。

引き継いだのは、端正さを失ったメゾンだった

ティッシが2005年に任されたのは、創業者の顔がすでに遠くなったGivenchyである。

ユベール・ド・ジバンシィは1952年、24歳でメゾンを構えた貴族の青年だった。
raw cottonのふくらんだブラウスとふわりとしたスカートで始めた最初のコレクション「Les Séparables」から、1961年の『ティファニーで朝食を』の黒いドレスまで、彼の線はいつも引き算でできていた。
相手を引き立て、自分は黙る。
そういう美学だ。

その創業者が1995年に退いたあと、メゾンは別人の手を次々に経る。
John Galliano、Alexander McQueen、そしてJulien Macdonald。
ティッシが受け取ったのは、創業者の端正さからはすでに何代も離れた場所にあるGivenchyだった。

つまり彼は、守るべき型を引き継いだのではない。
空いた核を引き継いだ。

ゴシックという、貴族とは別の暗さ

ティッシが選んだのは、端正さの対極にある暗さだった。
ただしそれは、創業者の貴族性とは別の種類の暗さである。

彼はゴシックの参照を掘り下げ、都市的な男性性をメゾンに持ち込んだ。
レースや黒が、礼節ではなく緊張をまとう。
ユベールの黒が女優を静かに引き立てる黒だったとすれば、ティッシの黒は見る者を落ち着かせない黒だった。

ここで立ち止まりたい。
創業者の問いは「エレガンスは特権か、デザインか」だった。
生まれや格式に属するものか、服によって誰もがまとえる佇まいか。
ティッシの答えは、その問いの土俵そのものをずらすものだったように見える。

彼が持ち込んだのはエレガンスの再定義ではなかった。
エレガンスではないもの——街の匂い、サブカルチャーの図像、男の身体——を、クチュールの格の中に平然と置くことだった。

創業者の静かな黒とは異なる、見る者を落ち着かせない緊張の黒=ゴシックをティッシが持ち込んだことを理解させる

Rottweiler——犬が境界を溶かした

ティッシ期を一枚で語るなら、2011年秋冬のRottweilerプリントである。

犬の顔を大きく刷り込んだこの図案は、ボーイスカウトの本に着想を得たと言われる。
ラグジュアリーのメゾンが、少年向けの本から拾った犬をプリントに起用する。
それ自体が、ユベールの引き算からはおよそ考えられない足し算だった。

ただ、ここで効いたのは図案の奇抜さではない。
Rottweilerは、ラグジュアリーとストリートの境界を溶かすアイコンになった。
Tシャツやスウェットに刷られた犬が、クチュールのメゾンの名の下で流通する。
高級既製服という領域を1954年に先駆けた創業者の試み——「Givenchy Université」——が目指した「服を外へ開く」という方向を、ティッシはまったく違う語彙で延長したとも読める。

もっとも、創業者の民主化はクチュールの格を保ったまま服を開くものだった。
ティッシのそれは、格そのものにストリートを混ぜる民主化だ。
似て非なるものである。

同じ「開く」でも、守るものが違った。

12年という長さが意味するもの

ここで最初の問いに戻る。
創業者の美学を捨てた男が、なぜ最長の12年もったのか。

Givenchyの歴代クリエイティブ・ディレクターを並べると、短命が目立つ。
GallianoはわずかにMcQueenへ譲り、McQueenは5年前後、Macdonaldは3年ほど。
その中でティッシの12年は突出している。

答えの一つは、彼がメゾンの「不在の核」と正面から争わなかったことにあるのかもしれない。
創業者の端正さを再現しようとすれば、必ず本物と比べられる。
ティッシはその土俵に上がらなかった。
代わりに、創業者が決して触れなかった領域——ゴシック、ストリート、都市の男性——を自分の縄張りにした。
比較不能な場所に立てば、創業者と戦わずに済む。

Givenchyという名は、創業者という不在を抱えたまま才能を継いでいく宿命を負っている。
ユベールの黒いドレスも香水「L’Interdit」も、貴族の出自と一人の特別な女優という、再現できない関係に根を張っていた。
だからこそ後継者は、その核を模すか、避けるかを選ばされる。
ティッシは避けることで、長く居続けた。

歴代が短命な中でティッシだけが突出して長く務めた理由=創業者と比較不能な場所に立ったことを理解させる

白い輪郭で、自分の時代を閉じる

その始まりの犬を、ティッシは終わりにもう一度呼んだ。

2017年春夏、彼はRottweilerを白い輪郭で描き直す。
黒く塗り込めた2011年の犬が、線だけになって戻ってくる。
そしてこのコレクションを最後に、ティッシはGivenchyを去った。

自らが境界を溶かすために放った図案を、輪郭だけに還元して幕を引く。
ここに読み過ぎるのは危ういが、少なくとも彼は、自分のアイコンで自分の時代を開き、同じアイコンで閉じた。
12年を、一匹の犬が挟んでいる。

後任はClare Waight Keller。
やがてMatthew Williams、そして2024年にはAlexander McQueen出身のSarah Burtonへと渡っていく。
核が空いたまま、名だけが継がれていく。

誰のエレガンスだったのか

ユベール・ド・ジバンシィは2018年、91歳で世を去った。
ティッシが去った翌年である。

創業者が問い続けたのは、気品とは生まれに属するのか、服によって誰もがまとえるのか、ということだった。
その問いに、ティッシは「エレガンスではないもの」を差し出すことで答えた。
貴族の端正さの代わりに、街の暗さと犬のプリントを。

冒頭の問いに戻ろう。
創業者の美学を捨てた者が、なぜ最も長く居られたのか。
おそらく、捨てたからこそだ。
守れば比べられ、避ければ自由になれる。
ティッシの12年は、Givenchyという名が「誰のエレガンスか」をいまだ決めきれずにいること、その宙吊りの豊かさの、最も長い一章だった。

黒いドレスの女優はもういない。
それでもメゾンは、不在の核を抱えたまま、次の誰かにその問いを渡し続けている。

FAQ

リカルド・ティッシはなぜ歴代最長の12年を務められたのか

創業者の端正なエレガンスを再現しようとせず、ゴシックや都市的な男性性、ストリートといった、創業者が触れなかった領域を自分の縄張りにしたことが大きいと考えられる。
比較不能な場所に立つことで、不在の創業者と直接競わずに済んだ。

Rottweilerプリントとは何か

ティッシが2011年秋冬に発表した、犬の顔を大きく刷り込んだプリント。
ボーイスカウトの本に着想を得たとされ、ラグジュアリーとストリートの境界を溶かすアイコンとなった。
2017年春夏で白い輪郭に描き直され、ティッシは自らの時代を締めくくった。

少年向けの本から拾った犬のプリントが、ラグジュアリーとストリートの境界を溶かすアイコンになったことを理解させる

ティッシの美学は創業者のそれとどう違うのか

ユベール・ド・ジバンシィは貴族的な出自に根ざした引き算のエレガンスを貫き、女優を静かに引き立てる端正さを美学とした。
ティッシはその対極で、陰影の濃いゴシックと都市の男性性、ストリートの図像を足していった。
同じ「服を外へ開く」志向でも、守る対象がまったく異なっていた。

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