セリーヌ(Celine)の売上はなぜ5年で2.6倍になった?デビュー時「大批判」だった男の数字

2026.09.29 Celine 編集部
5年で売上が2.6倍に跳ね上がった事実を、静かな贅沢と派手な数字の対比として理解させる

酷評された服が、いちばん売れた。
これがこの話の要約である。
2018年に約10億ユーロだったセリーヌ(Celine)の売上は、5年後に推定26億ユーロ(HSBC)まで伸び、LVMHグループで3番目に大きなブランドになった。
仕掛けたのはエディ・スリマン(Hedi Slimane)。
彼の最初のコレクションは、ファッション界から激しく叩かれた男である。

評判と数字が、ここまで食い違うことがある。
しかも逆方向に。
まずはその数字だけを、ゆっくり追ってみたい。

2018年、10億。2023年、26億

始まりは10億ユーロだ。
2018年1月、スリマンが着任する直前のセリーヌの売上は、およそ10億ユーロだったと伝えられている。
悪くない数字である。
ただ、LVMHの巨大な傘の下では中堅にすぎない。

LVMHが彼に与えた目標は露骨だった。
5年で、最低20億から30億ユーロへ。
倍か、それ以上。

そして2023年、着地は推定26億ユーロ。
HSBCとBusiness of Fashionの推計による。
目標のど真ん中を撃ち抜いた。
数字だけを見れば、これほどきれいに宿題をこなした就任も珍しい。

ここで一つ、ひっかかることがある。

デビューは「大批判」だった

2019年春夏。
スリマンがセリーヌで初めて発表したコレクションは、賞賛ではなく非難を浴びた。

理由を理解するには、その前に誰がいたかを知る必要がある。
フィービー・ファイロ(Phoebe Philo)。
2008年から2017年まで、彼女がセリーヌを率いた。
彼女がやったのは、余計なものをすべて削ぎ落とすことだった。
ロゴを見せない。
装飾を足さない。
建築のように服を構築する。
ラゲージ トート(Luggage Tote、2010年)やクラシック ボックス(Classic Box、2011年)といったバッグは、名前を叫ばずに存在感だけで売れた。

この美学に、ある呼び名が与えられた。
「クワイエット・ラグジュアリー(quiet luxury)」——静かな贅沢。
主張しないことが、最上の主張になる。
ファイロのセリーヌは、そういう逆説を10年かけて世界の常識にした。
多くを語らず、身なりだけで自分を証明する女性。
そのための服だった。

そこへスリマンが来て、まず何をしたか。

つづりから、アクセント記号を消した。
「Céline」が「Celine」になった。
デビュー前の2018年に新しいロゴを導入し、あの絡み合う「C」を「トリオンフ(Triomphe)」として再構築した。
禁欲的だったブランドに、ロックの匂いと、細身のシルエットと、記号としてのロゴを持ち込んだ。

ファイロの信者にとっては、裏切りに見えた。
積み上げた静けさを、真逆の騒がしさで塗り替えられたのだから。
批判は当然だったと言える。

だが、数字は伸びた。

ミニマリズムの遺産にロゴとロックを持ち込んだ転換が、なぜ裏切りと見なされたかを理解させる

叩いた人と、買った人は、別人だった

批判と売上のズレは、たぶん単純な話だ。
叩いた人と、買った人が、重ならなかった。

ファイロの美学を愛した層は、確かに声が大きい。
ファッションを語る言葉を持ち、批評の場に立てる人たちである。
彼らがスリマンを拒んだのは本物の反発だった。
ただ、その声の大きさと、レジを通る回数は、比例しない。

スリマンが2019年秋冬で狙ったのは「ブルジョワなフレンチガール」のルックだった。
パリの品の良い若い女性像。
ここには、ファイロ的な思索の重さがない代わりに、わかりやすい憧れがある。
彼はさらに間口を広げた。
メンズを立ち上げ、香水を出し、ビューティを始めた。

セリーヌには、それまでメンズがなかった。
ゼロから市場が一つ増えたわけだ。

売上を倍にする、と考えたとき、批評家を説得する必要はない。
買う人の数を増やせばいい。
スリマンがやったのは、ほぼそれだった。

批判の声の大きさと購買の数は比例せず、両者が別の集団だったことを理解させる

静かな贅沢を、騒がしく売る

ここに、このブランドの根深い矛盾がある。

セリーヌが掲げてきた価値は「実用の美」だ。
1945年、セリーヌ・ヴィピアナ(Céline Vipiana)夫妻がパリで始めたのは、子供靴のオーダーメイド店だった。
身体に寄り添うことから出発している。
1960年代には、パリの上流社会に向けた「B.C.B.G(Bon Chic, Bon Genre)」——きちんとした品の良さ——という美意識を確立した。
派手ではなく、上質。
控えめであることが価値だった。

ファイロはこの遺伝子を、ミニマリズムという形で純化させた。
控えめさを、思想の高さにまで持ち上げた。

問題は、その控えめさをどう売るか、である。

「主張しない贅沢」を掲げながら、着地点はLVMH傘下で売上30億ユーロを狙う巨大ブランド化だった。
静けさを商品にすること自体に、無理がある。
ファイロはその無理を、あくまで静かなまま抱え込もうとした。

スリマンは、無理を無理として扱わなかった。
彼はロゴを再構築し、記号を前面に出した。
控えめさではなく、わかりやすい欲望を売った。
反ロゴで築いた信頼を、ロゴで換金したとも言える。

たしかに、これはファイロが守ろうとしたものの否定だ。
しかし、ここで見たいのは別のことである。
二人とも、同じ問いに答えていた。
誰のための、どんな贅沢か。
答えが正反対だっただけだ。

控えめさを掲げながら巨大化するという根深い矛盾を、創業の職人性から現在まで象徴させる

数字が証明したのは、思想が売上を決めるということ

このズレから見えてくるのは、意外に明るい結論かもしれない。

ラグジュアリー産業で、デザイナーの交代は経営判断の一部にすぎない、と思われがちだ。
だがセリーヌの5年は逆を示した。
誰が指揮するかで、売上が倍になる。
思想が数字を動かす。

ファイロの「静かな贅沢」も、スリマンの記号的転換も、どちらも売れた。
方向は真逆なのに。
共通していたのは、明確な思想があったことだけだ。
中途半端に折衷したら、たぶん両方の客を失っていた。

2025年初頭、新たなクリエイティブディレクターとしてマイケル・ライダー(Michael Rider)が就任する。
彼はファイロ時代の10年間、セリーヌでデザインディレクターを務めた人物だ。
ファイロを内側から支え、スリマンの後を継ぐ。
静けさの側から来た男が、記号で稼いだブランドをどうするのか。

結び

酷評された服が、いちばん売れた。
冒頭のこの一文は、けれど正確には言い換えられる。

酷評したのは、静かな贅沢を愛した人たちだった。
買ったのは、別の憧れを持つ、もっと大勢の人たちだった。
スリマンは前者を切り捨て、後者を掴んだ。
それが26億ユーロの正体である。

セリーヌは創業以来、「誰のための、どんな贅沢か」を後継者が代わるたびに問い直してきた。
子供靴の職人から、アメリカ的グラマーへ、禁欲のミニマリズムへ、記号のロックへ。
そして今、その問いを一度は内側で見ていた男が引き継ぐ。

次の答えが売上をどちらに振るのかは、まだ誰も知らない。
数字が出るのは、これからだ。

FAQ

エディ・スリマンのデビューはなぜ批判されたのですか?

前任のフィービー・ファイロが築いた、ロゴを見せない知的なミニマリズム(クワイエット・ラグジュアリー)を、スリマンが2019年春夏で正反対の方向へ——細身のシルエットとロックの記号性へ——転換したためです。
ファイロの美学を支持していた層の反発が特に強いものでした。

批判されたのに、なぜ売上は伸びたのですか?

批判した層と、実際に購入した層が異なっていたためと考えられます。
スリマンはメンズ・香水・ビューティを新たに立ち上げて市場そのものを広げ、「ブルジョワなフレンチガール」というわかりやすい憧れを提示しました。
批評家を説得するのではなく、買う人の数を増やす戦略でした。

新しいクリエイティブディレクターは誰ですか?

マイケル・ライダーで、2025年初頭に就任します。
彼はファイロ時代の10年間セリーヌでデザインディレクターを務めた後、ポロ ラルフ ローレン(Polo Ralph Lauren)のクリエイティブディレクターを経て復帰します。
キャリアはバレンシアガ(Balenciaga)でニコラ・ジェスキエール(Nicolas Ghesquière)のもと、シニアデザイナーとして始まりました。

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