【メゾン マルジェラ|グレン・マルタンス期】匿名の思想を、顔を売る時代に継いだ三代目

2026.11.07 Maison Margiela 編集部

顔も名も消すことを創業の思想としたメゾンが、顔のある有名人を前面に出した。
グレン・マルタンス(Glenn Martens)が引き継いだのは、ジョン・ガリアーノ(John Galliano)が10年かけて二桁成長させた華やかな遺産である。
その最初の一手が、マイリー・サイラス(Miley Cyrus)を「初のセレブリティアンバサダー」に据えることだった——匿名の美学が、語られるべき資産へ転化していく。
ここに記録するのは、その出発点だけだ。

まず、ガリアーノが置いていったものを正確に数える

マルタンスが受け取ったのは、負債ではなく、よく売れるメゾンだった。

ジョン・ガリアーノは2014年、メゾン マルジェラ(Maison Margiela)のクリエイティブディレクターに指名された。
デビューとなるアルティザナル(Artisanal)コレクションは2015年1月12日、ロンドンで発表されている。
同じ2015年、ブランド名は「Maison Martin Margiela」から「Maison Margiela」へと短く改められた。
創業者の名が、正式に一つ外れた年である。

数字は雄弁だ。
2022年に売上は24%増、2023年には23%増。
二年続けての二桁成長だった。

そして2024年1月のアルティザナルは、パット・マクグラス(Pat McGrath)による「ガラスのようなメイク」がSNSで拡散し、批評的にも広く称賛された。
ガリアーノの10年は、商業と話題性の両方で頂点に達していたと言っていい。

その頂点で、彼は去る。
2024年12月、ガリアーノは退任を発表した。
10年の在任だった。

つまりマルタンスは、立て直すべき何かを託されたわけではない。
うまくいっているものの次を任された。
これは、崩れたメゾンの再建よりも難しい立場かもしれない。
何を変えればいいのか、誰にも言えないからだ。

創業の原理は、スポットライトを拒むことだった

ここで一度、このメゾンが何を嫌って始まったかを思い出しておきたい。
マルタンスの一手の異例さは、この前提を踏まえないと見えてこない。

メゾン マルジェラは1988年、パリでマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)とジェニー・メイレンス(Jenny Meirens)によって設立された。
マルジェラは1957年ベルギーのヘンク生まれ。
アントワープ王立芸術アカデミーで学び、ジャン=ポール・ゴルチエ(Jean Paul Gaultier)のアシスタントを経て独立している。

デビューのSpring/Summer 1989は、1988年夏、パリのカフェ・ド・ラ・ギャルで発表された。
翌年のショーは、パリ郊外の荒れた遊び場で行われた。
その会場で、見つけた割れた陶器の破片を縫い合わせたベストが生まれる。
拾われたものから一点物を起こす——アルティザナルの神話は、ここから始まった。

マルジェラ本人は、徹底して顔を見せなかった。

対面のインタビューを拒み、写真に写らず、ショーのあとに一礼もしない。
服そのものに語らせることを選んだ人だった。
このメゾンの哲学は公式に「個人の崇拝ではなく、意味の芸術としてのファッション」と語られてきた。
敵は明確だった。
デザイナーを神格化するスター・システムであり、顔と署名によって服の値を測る仕組みそのものである。

縫い代を表に返し、戦時のパラシュートやシャンパンのワイヤーを素材に変え、日本の足袋から足先の割れたTabiブーツを起こす。
どれも、完成品・新品・名声を当然とする常識へのいら立ちから出ている。
自己を消すことが、このメゾンの署名だった。

顔を消す思想を、顔で売る

では、マルタンスは創業の原理を裏切ったのか。
そう読みたくなる。
ただ、話はもう少しねじれている。

マルタンスの就任直後、メゾンは2025年秋冬プレコレクションを発表した。
そこでマイリー・サイラスを「初のセレブリティアンバサダー」に起用する。
有名人を一人も前面に立ててこなかったメゾンにとって、これは明白に異例の動きだった。

顔を消すことを創業の原理としたメゾンが、顔のある有名人を看板に据える。
構図だけ見れば、原理の放棄に見える。

ところが、その演出には見覚えがあった。
2025年秋冬のキャンペーンで、サイラスの体は白く塗られていたのだ。
1989年のビアンケット(bianchetto)technique——白く塗る手法——を彷彿とさせる仕掛けである。
有名人の身体を使いながら、その表面には創業期の匿名の美学を引いてみせた。

ここで何が起きているのかは、慎重に見たほうがいい。

匿名性が、放棄されたのではない。
引用されたのだ。
顔を消すという態度そのものが、いまや「語られるべきブランド資産」になっている。
だからこそ、最も顔の知られた人物の一人を起用しながら、その顔を白塗りで覆うという矛盾した一手が成立する。
自己消去が、スターの身体を借りて再演される。

礼賛する話ではない。
むしろ、創業の思想が商業の文法に回収されていく瞬間を、冷静に目撃しているというほうが近い。

資本は、もう沈黙の作家を待っていない

この転換は、マルタンス個人の判断だけに帰せない。
背後に、資本と経営の布陣がある。

メゾン マルジェラは2002年、レンツォ・ロッソ(Renzo Rosso)が率いるOTBグループに買収された。
そして2023年、経営の顔ぶれが入れ替わる。
7月17日付でガエターノ・シウト(Gaetano Sciuto)が新CEOに就任し、会長にはレンツォ・ロッソの息子ステファノ・ロッソ(Stefano Rosso)が着いた。

成長を続ける資本の下で、メゾンは「匿名の思想」と「継承されるスター性」の緊張を抱え続けることになる。

創業者マルタン・マルジェラは、すでに服の外へ出ている。
いまはビジュアルアーティストとして活動し、2021年にパリで初個展を開いた。
2026年には東京で大規模な個展を予定している。
沈黙の作家は、別の沈黙へと移っていった。

その空席を、2014年にガリアーノが、2025年にマルタンスが埋めた。
作家性のバトンは、顔を見せない創業者から、顔を持つ二人のスターへと渡っている。

なぜこれが、ただの代替わりではないのか

マルタンスがベルギー出身で、マルジェラと同じアントワープの系譜に連なる人選だ、という整理も可能だろう。
たしかにそう語られるかもしれない。
しかし、ここで見ておきたいのは出自の符合ではない。

就任直後に打たれた一手が、創業の原理を否定も肯定もせず、「引用の対象」として扱ったという事実である。

1989年に荒れた遊び場で割れた陶器を縫った手つきと、2025年にサイラスの体を白く塗った手つきは、まるで違う動機から出ている。
前者は名声への不信だった。
後者は、その不信すら語り継ぐべき物語として扱う。
同じ白塗りが、片方では自己消去の記号であり、もう片方では自己消去を演じるスターの衣装になる。

マルタンスの時代は、この矛盾を引き受けるところから始まった。

退任を論じられる段階ではない。
どんな服で彼の作家性が定まるのかも、まだ見えていない。
ここで確かなのは、出発点に置かれた一枚の白塗りの身体だけだ。
顔を消す思想を、顔を売る時代に継ぐ——その宿命を、彼は最初のキャンペーンで静かに引き受けてみせた。

カフェ・ド・ラ・ギャルで誰の名も告げずに始まったメゾンが、いま最も知られた顔を白く塗って見せている。
その白の下に、1989年の破片がまだ残っているのか。
それとも、資産として磨かれた記憶だけが残るのか。
答えは、これから発表される服の縫い目にある。

FAQ

グレン・マルタンスはいつクリエイティブディレクターに就任しましたか?

一部の情報源によれば2025年1月から就任したとされます。
前任のジョン・ガリアーノが2024年12月に10年間の在任を終えて退任を発表した後の就任です。

マイリー・サイラスの起用はなぜ「異例」とされるのですか?

メゾン マルジェラは創業以来、個人の崇拝を否定し、デザイナーの顔も名も消すことを思想としてきました。
そのメゾンがマイリー・サイラスを「初のセレブリティアンバサダー」として2025年秋冬プレコレクションで前面に出したため、従来の原理からすれば異例の動きと受け止められています。

白塗りの演出にはどんな背景がありますか?

2025年秋冬キャンペーンでサイラスの体は白く塗られ、1989年からの「bianchetto technique」を想起させるものでした。
有名人の身体を用いながら、その表面に創業期の匿名の美学を引いている点に、このメゾン特有の矛盾が表れています。

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