【徹底ブランド解説】知られざるカルバン・クライン(Calvin Klein)の歴史|身体を売る広告と、6年間沈黙したランウェイ

2026.10.03 Calvin Klein 通史 編集部
Calvin Kleinの歴史が、服の意匠ではなく『身体を見せる広告』と『沈黙したランウェイ』という落差の上に成り立っていることを理解させる

カルバン・クライン(Calvin Klein)は、下着とデニムという最も身体に近い衣服を文化的アイコンへと変えた、アメリカ発のミニマリズムのブランドだ。
クリーンなライン、研ぎ澄まされたシルエット、モノトーン。
装飾を削ぎ落とすことで、逆に強く欲望を喚起する。

このブランドを語るなら、2024年の一枚の下着広告から入るのが早い。
俳優を半裸で立たせただけのその広告は、48時間で1,270万ドルのメディア価値を生んだとされる。
服ではなく身体が主役の広告が、今もブランドの神話を更新している。
だが同じブランドが、ランウェイの舞台からは6年も姿を消していた。
この落差に、カルバン・クラインの正体がある。

History

第1章 カルバン・クライン(Calvin Klein)期 — ブロンクスの青年が身体を商品にするまで

すべては、ニューヨークのブロンクスから始まる。

カルバン・リチャード・クライン(Calvin Richard Klein)は1942年11月19日、ブロンクスに生まれた。
華やかなパリとも、由緒ある工房とも無縁の出自だ。
1968年、幼なじみのバリー・K・シュワルツ(Barry K. Schwartz)とともにブランドを立ち上げる。
これがカルバン・クラインの出発点だ。

彼が武器にしたのは、服の装飾性そのものへの反逆だった。
過剰な意匠や記号的なラグジュアリーを削ぎ落とし、クリーンなラインとモノクロームで勝負する。
哲学は「すべては裁断から始まる」。
身体のラインを際立たせる、それが思想の核だった。

そして彼は、最も日常的な衣服に目をつけた。
下着とデニムである。
誰もが着ているありふれた実用品を、欲望の対象へと引き上げた。
広告では服の説明をほとんどしない。
語らずに身体を見せる。
寡黙で挑発的なこの手法が、ブランドを文化アイコンへと押し上げた。

もっとも、創業デザイナーとしての彼の時代は、ある年に静かに終わる。
2003年、カルバン・クライン本人は主任デザイナーを退いた。
同じ2003年、ブランドを運営するカルバン・クライン社(Calvin Klein Inc.)はPVHコーポレーション(PVH Corp.)に総額7億ドルで買収される。

ただし、ここは記録が割れている。
2003年に約7億ドルとする情報が複数ある一方、2002年に約4億3000万ドルとする説も残る。
年も金額も一致していない。
確かなのは、創業者が去り、ブランドが資本の手に渡ったという事実だ。

Bronx出身の青年が、装飾を削ぎ落とし下着とデニムという日常衣料を欲望の記号へ変えた思想の起点を理解させる

第2章 コスタ&ズッケリ(Costa & Zucchelli)期 — 創業者なきブランドを支えた二人

創業者が去っても、服は作り続けなければならない。

女性コレクションをフランシスコ・コスタ(Francisco Costa)、男性コレクションをイタロ・ズッケリ(Italo Zucchelli)が手がけた。
カルバン・クラインの名を冠しながら、クラインその人はもういない。
表舞台に立たない時代が、ここから始まった。

この時期、ブランドには二つの顔があった。
広く知られた下着とデニムの顔。
そしてもう一つ、「カルバン・クライン・コレクション(Calvin Klein Collection)」というランウェイのハイエンド部門だ。
カジュアルで大衆的なブランドというイメージの裏に、高級路線が確かに存在していた。

二人は、2016年4月に同時にブランドを去るまで、長年コレクションを担い続けた。
創業者のいない十数年を支えたのは、この二人の職人的な手だった。

創業者不在のブランドを、二人の職人的手が十数年支え、大衆的な顔とハイエンドの顔という二重性を保っていたことを理解させる

第3章 ラフ・シモンズ(Raf Simons)期 — CFDA二冠と、契約満了8か月前の幕切れ

空席を埋めたのは、ファッション界が注目する一人の男だった。

2016年8月2日、ラフ・シモンズ(Raf Simons)が最高クリエイティブ責任者に就任する。
最初のコレクションは2017年秋冬。
彼はハイエンド部門を「カルバン・クライン・コレクション」から「CALVIN KLEIN 205W39NYC」へと改称した。
205W39NYCは本社の住所だ。
ブランドの名前に、オフィスの番地をそのまま刻んだわけである。

評価はすぐに訪れた。
シモンズは2017年、CFDA(米国ファッション協議会)の賞で女性部門・男性部門の年間最優秀デザイナー賞を同時に受賞する。
二冠だ。
創業者が去って久しいブランドに、批評的な正統性が戻ってきた。

これで黄金時代が続くはずだった。

ところが、終わりは唐突だった。
シモンズは2018年12月、契約満了の8か月前にブランドを去る。
CFDA二冠という評価のただ中での退任だ。
円満な任期満了ではなかった。
彼が率いたハイエンド部門は翌2019年に廃止され、654マディソン・アベニューのニューヨーク旗艦店も同年1月に閉店した。

「語る服」としてのカルバン・クラインは、ここで一度、軸を失った。

批評的正統性を取り戻した絶頂のただ中で、契約満了前に唐突に幕を閉じた矛盾を理解させる

第4章 ヴェロニカ・レオーニ(Veronica Leoni)期 — 6年の沈黙を破り、ランウェイへ戻る

創造の軸を取り戻す仕事は、一人の女性に託された。

2024年5月30日、ヴェロニカ・レオーニ(Veronica Leoni)がコレクションのクリエイティブ・ディレクターに任命される。
彼女はカルバン・クライン・コレクション史上、初めてこの職に就いた女性とされる。
クラインの時代から半世紀、ようやくの初である。

経歴は折り紙つきだ。
ジル・サンダー(Jil Sander)、セリーヌ(Céline)、モンクレール(Moncler)、ザ・ロウ(The Row)で経験を積み、自身のレーベルQUIRAを立ち上げた。
2023年にはLVMHプライズのファイナリストにも残っている。
ミニマリズムの系譜に連なる人選だ。

彼女が担うのは、男女のアパレル、下着、アクセサリーまで。
任命時の報告先は、グローバル・ブランド・プレジデントのエヴァ・セラーノ(Eva Serrano)だった。
デビューは2025年フォールである。

ここで注意したいのは、この人事が単独の話題づくりではないことだ。
PVHは2022年に「PVH+計画」を掲げ、2025年までに全世界で125億ドルの売上を目標に据えた。
2024年第1四半期には、北米のカルバン・クラインが2022年以来はじめて増収に転じている。
そこへレオーニの起用と、2025年2月の6年ぶりのニューヨーク・ファッション・ウィーク復帰が重なる。
下着広告で稼いだ熱量を、ランウェイの正統性でブランドの格へ変換する——一本の戦略線として読めば、人事と出店と決算は同じ方向を向いている。

ガバナンスの側も動いている。
2024年8月時点のグローバル・ブランド・プレジデントはダヴィド・サヴマン(David Savman)であり、2025年8月時点でもその職にある。
レオーニの就任を告げたセラーノ体制から、経営の顔は入れ替わった。
創造の軸を立て直す局面で、経営の軸もまた組み替えられていたわけだ。

6年の沈黙を破り初の女性ディレクターがランウェイの正統性を取り戻す、創造と資本の戦略線が重なる局面を理解させる

不変の核(ブランドDNA)

カルバン・クラインのDNAは、「すべては裁断から始まる」という身体の思想だ。

装飾を足すのではなく、削る。
クリーンなライン、研ぎ澄まされたシルエット、モノクロームのパレット。
身体のラインを際立たせることで、服そのものより身体を主役にする。
これがブロンクス出身のクラインが体現したアメリカ的ミニマリズムだ。

もう一つの核は、日常衣料の記号化だ。
下着とデニムという、最も身体に近く最もありふれた衣服を、自己表現と欲望の記号に変えた。

そして三つめが、イメージ駆動のブランド構築である。
広告とキャンペーンが、服以上に文化を動かす。
語らずに身体を見せる寡黙で挑発的な人格は、創業者が去った今も変わっていない。

装飾を削り身体を主役にするミニマリズム、日常衣料の記号化、イメージ駆動という三つの不変の核を理解させる

矛盾・批評:身体の露出は、ミニマリズムの論理的な帰結だった

カルバン・クラインの最大の矛盾は、2024年の一本の広告に凝縮されている。

ジェレミー・アレン・ホワイト(Jeremy Allen White)を起用したSpring 2024キャンペーンでは、レズリー・ゴア(Lesley Gore)の「You Don’t Own Me(誰にも所有されない)」が流れた。
撮影はメルト・アラス(Mert Alas)。
解放の歌だ。
だが画面に映るのは、下着姿で立つ身体そのものである。

ここに引き裂かれがある。
「誰にも所有されない」と歌いながら、実際には身体を消費財として差し出し、広告で欲望を管理している。
身体を見せることは解放なのか、それとも身体を売買する新しい消費の形なのか。

ただ、一歩踏み込んで言えば、この露出は逸脱ではない。
装飾を削ぎ落とし、服よりも身体のラインを主役にするのがこのブランドの思想だ。
削って、削って、最後に残るのが身体なら、半裸で立つ俳優はミニマリズムの逸脱ではなく、その論理の終着点である。
クラインが「すべては裁断から始まる」と言ったとき、裁ち落とす先にあったのは、おそらく服そのものだった。

矛盾はもう一つある。
ミニマリズムと身体性という大衆的で強力なイメージを持ちながら、批評に耐えるハイエンド部門は2019年に閉鎖された。
思想の純度を示すべきランウェイが消え、2003年にはブランド自体が資本に売却され、創業デザイナーも退いている。
キャンペーンが生む熱量と、ランウェイで示すべき創造性。
この二つの間を往復するのが、カルバン・クラインの宿命だ。

よくある誤解

「今もCalvin Klein本人がデザインしている」 — 違う。
本人は2003年に主任デザイナーを退いた。
以降はCosta、Zucchelli、Raf Simonsと受け継がれ、現在はVeronica Leoniが率いる。

「カジュアルで大衆的なブランドにすぎない」 — 下着とデニムで知られる一方、ランウェイのハイエンド部門Calvin Klein Collectionが存在した。
Raf Simonsの下では「CALVIN KLEIN 205W39NYC」と改称され、彼はCFDA二冠を獲っている。

「Raf Simonsは契約を全うして円満に去った」 — 違う。
CFDA二冠の評価を得ながら、2018年12月、契約満了の8か月前に退任した。
部門は翌年廃止され、旗艦店も閉店している。

「広告は話題止まりで売上には響かなかった」 — 逆だ。
Spring 2024キャンペーンは48時間で1,270万ドルのメディアインパクト価値を生み、初週に下着売上が前年同期比30%増を記録したとされる。
ただしこの数字は、Launchmetrics系の推定指標による換算値であり、長期の売上定着とは別物だと見ておくほうがいい。

創業者が今もデザインしている、単なる大衆ブランド、円満退任、広告は話題止まり、という四つの誤解を正すことを理解させる

神話と、その裏側

神話はこう語られる。
1968年、ブロンクス出身のクラインが幼なじみと創業し、下着とデニムを文化アイコンに変えた。
2024年のジェレミー・アレン・ホワイト起用の広告が、半世紀を経てなおその神話を更新している、と。

裏側はもう少し複雑だ。
神話を更新しているのは、創業者でも専属デザイナーでもなく、俳優を使った広告とSNSのメディア価値である。
服の意匠ではなく、48時間で1,270万ドルという推定値がブランドを動かす。

身体を見せる広告がブランドを生かす。
その一方で、ランウェイは6年沈黙した。
神話を支えてきたのは、思想ではなく、むしろ資本と広告の論理だったのかもしれない。

神話を更新しているのは創業者でも服でもなく、俳優を使った広告とSNSのメディア価値という資本と広告の論理だと理解させる

こぼれ話

出店は止まらない。
2024年にはパリのシャンゼリゼ通り44番地に新店舗を計画し、2025年8月29日には東京・原宿に過去最大のライフスタイル店を開いた。
3フロア、約1,315平方メートル。

面白いのは、この原宿店が単なる物販の箱ではないことだ。
3階にはFall 2025のカルバン・クライン・コレクションが並び、この店だけの限定カプセルコレクションも展開される。
Fall 2025は、まさにレオーニのデビューコレクションにあたる。

つまり原宿の3階は、6年ぶりにランウェイへ戻ったブランドの「語る服」を、東京で常設展示する場所になった。
下着広告でアジアの街に浸透したブランドが、同じ街で今度はコレクションを見せる。
消費装置と、取り戻したばかりの創造の軸。
その二つが、原宿の一棟の中で同居している。

行き着く上位概念

カルバン・クラインが問いかけるのは、身体(Body)と欲望(Desire)の関係だ。

装飾を削ぎ落とすミニマリズム(Minimalism)が、逆説的に強い欲望を喚起する。
「You Don’t Own Me」が歌う自由(Freedom)は、身体を差し出す消費(Consumption)と表裏一体だ。
下着とデニムという最も身体に近い衣服で、ブランドは自己表現(Identity)の記号を作り上げた。

リードで触れた、半裸で立つ俳優を思い出してほしい。
あの1,270万ドルは、服の価値ではなく、剥き出しの身体に値付けされた欲望だった。
装飾を削り切った先に残ったのは、服ではなく、着る人そのものだったのだ。

FAQ

Calvin Kleinは今も創業者本人がデザインしているの?

いいえ。
創業者のCalvin Klein本人は2003年に主任デザイナーを退いています。
以降はFrancisco CostaとItalo Zucchelli、2016年からRaf Simonsが担い、現在は2024年就任のVeronica Leoniがコレクションを率いています。

PVHはいつ、いくらでCalvin Kleinを買収したの?

記録が一致していません。
2003年に約7億ドルとする情報が複数ある一方、2002年に約4億3000万ドルとする説も存在します。
確かなのは、創業者が退いた時期にブランドが資本の手に渡ったことです。

Raf Simonsはなぜ短期間で辞めたの?

Raf Simonsは2016年8月に就任し、2017年にCFDAの女男両部門で年間最優秀デザイナー賞を獲りましたが、2018年12月、契約満了の8か月前に退任しました。
彼が率いたハイエンド部門Calvin Klein Collectionは翌2019年に廃止され、ニューヨーク旗艦店も閉店しています。

ジェレミー・アレン・ホワイトの広告はなぜ話題になったの?

2024年1月4日に始動したSpring 2024キャンペーンは、48時間で1,270万ドルのメディアインパクト価値を生み、初週に下着売上が前年同期比30%増を記録したとされます。
撮影はMert Alas、楽曲はLesley Goreの「You Don’t Own Me」。
ただしメディア価値は推定指標による換算値で、短期の話題効果にとどまる可能性もあります。

Veronica Leoniはどんな人物?

Jil Sander、Céline、Moncler、The Rowで経験を積み、自身のレーベルQUIRAを創設したデザイナーです。
2023年のLVMHプライズ・ファイナリストでもあります。
2024年5月にCalvin Klein Collection史上初の女性クリエイティブ・ディレクターに就任し、2025年Fallでデビュー。
2025年2月の6年ぶりのランウェイ復帰を担いました。

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