サンローランの「Le Smoking」って何?女性がタキシードを着た1966年の一着をわかりやすく解説

答えを先に言う。
「Le Smoking(ル・スモーキング)」とは、1966年にイヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)が発表した、女性のためのタキシードだ。
男が夜の礼装として着る黒い上下を、そのまま女性の身体に仕立て直した。
ただそれだけの服が、なぜ「事件」と呼ばれたのか。
理由は服の中にはない。
服の外側、当時の空気の中にある。
まずは服そのものより、その服を着た女性が置かれていた場所から見ていきたい。
1966年、女性はどこでパンツを穿けなかったのか
要点から。
当時、女性が公の場でパンツを穿くこと自体が「非常識」とされていた。
だから、パンツどころか男の礼服そのものであるタキシードを女性に着せる発想は、常識の外にあった。
想像してみてほしい。
高級レストラン、劇場、格式あるホテル。
そういう場所には暗黙のドレスコードがあった。
女性はドレス、男性はスーツかタキシード。
この境界は、単なる好みの問題ではなかった。
男の服と女の服を厳格に分けること自体が、ブルジョワ社会の秩序だった。
服は身分証だった。
何を着ているかで、その人が誰で、どの階級に属し、どういう性であるかが読まれた。
だから女性が男の礼服を着るという行為は、その読み取りの装置を狂わせる。
相手が女なのか男なのか、一目で判別できなくなる。
当時の人々が動揺したのは、布の話ではない。
境界が溶けることへの動揺だった。
この文脈を握っておかないと、Le Smokingがなぜ騒ぎになったのかは絶対にわからない。
黒いジャケットと黒いパンツ。
今の目にはただのかっこいい一着に見える。
しかし1966年のパリでは、これは秩序への挑戦状だった。
なぜサンローランは「男の服」を女性に与えたのか
サンローランには一貫した狙いがあった。
男性の衣装から古典的な要素を借り、それを女性のために翻訳することで、女性を解放する——そういう考え方だ。
Le Smokingは、その思想の最初の代表作だった。
翌1967年には、男の作業着や軍装から来たサファリジャケット(saharienne)、そしてパンツスーツ(tailleur pantalon)を女性のために仕立て直す。
1968年にはジャンプスーツ(combinaison pantalon)やシースルーへと進む。
一連の流れの起点に、あのタキシードが立っている。
なぜ「借用」なのか。
ここに、この記事でいちばん考えたい問いがある。
女性が男の服を着るとき、それは強い者の記号を借りているだけではないのか。
男らしさを真似ることでしか力を得られないなら、それは解放と呼べるのか。
たしかに、そういう読み方はできる。
男の礼服を纏うことは、男の権威を借りることだ、と。
しかし、サンローランがやったのはもっと単純で、もっと大胆なことだった。
彼は女性の身体を、あの黒い礼装の中に入れた。
男の記号を借りたのではなく、女性のものに作り替えた。
パンツを穿いた女性は、男の真似をしているのではない。
ドレスでしか公の場に出られないという掟から、ただ降りているだけだ。
権威の借用ではなく、束縛からの離脱。
同じ黒い上下が、見る角度でまったく違うものになる。
この両義性こそがLe Smokingの核心で、だからこの一着は半世紀以上も語り継がれてきた。

この人が、なぜこの服を作れたのか
Le Smokingを理解するには、作った人間の輪郭もいる。
要点は、サンローランが「秩序の内側で傷ついた人間」だったということだ。
1936年、フランス領アルジェリアのオランに生まれた。
裕福な家庭で、父は保険会社を営み、映画館も持っていた。
恵まれた出自だ。
しかし少年時代のサンローランは、厳格なカトリックの学校で、女性的だという理由でいじめられ、殴られた。
秩序に守られた側にいながら、その秩序の枠に収まらないという理由で叩かれる。
男らしさ、女らしさという線引きが、幼い彼を直接傷つけた。
後年、男女の服の境界に手を突っ込む人間が、なぜそこに執着したのか。
無関係ではないだろう。
17歳でパリへ出て、クリスチャン・ディオール(Christian Dior)に見出される。
1957年、そのディオールが急死すると、21歳でメゾンの主任デザイナーに選ばれた。
最初のコレクション「Trapèze(トラペーズ)」は大成功。
青年は一夜にして頂点に立った。
ところが、そこから転落する。
1960年、アルジェリア独立戦争でフランス軍に徴兵される。
軍隊内の重圧といじめで心身を病み、軍病院に入院。
鎮静剤や向精神薬、電気ショック療法まで受けた。
入院中に届いたのは、ディオールを解雇されたという知らせだった。
頂点から病院のベッドへ。
喪失としか言いようのない落ち方だ。
その痛手から立ち上がり、パートナーのピエール・ベルジェ(Pierre Bergé)とともに、1961年に自分のメゾンを立ち上げる。
喪失の底から、自分の名を掲げた。
傷つきやすさと大胆さが同居する人間だった。
崩れる寸前の緊張の中から美を絞り出す——そういう作家だった。
その人が、女性に男の礼服を与えた。
抑圧される側の痛みを知る人間が、別の抑圧された者へ手を差し出した、と読むこともできる。
ただ、これは後年の物語に寄りすぎた解釈かもしれない。
確かなのは、この経歴の持ち主でなければ、あの服の緊張感は出なかっただろうということだ。
Le Smokingの前後——服が思想になる瞬間
Le Smokingは孤立した一発ではない。
前後の作品と並べると、彼が何をやろうとしていたかが見える。
- 1965年 Mondrian(モンドリアン)コレクション:画家ピート・モンドリアンへのオマージュ。黒い線と白・原色のブロックで構成したドレスを、プリントではなく、あらかじめ染めた布を組み合わせて作った。
- 1966年 Le Smoking:女性のためのタキシード。
- 1966年 Saint Laurent Rive Gauche(サンローラン・リヴ・ゴーシュ):高級プレタポルテのライン。パリのトゥルノン通りに最初の店を開いた。
三つを一つずつ着地させよう。
Mondrianは、絵画をそのまま纏える服に変えた。
壁に掛かる芸術を、身体にまとう芸術へ移した仕事だ。
Le Smokingは、性の境界を服で書き換えた。
夜会服という最も格式ばった場所で、男女の記号を入れ替えてみせた。
そしてRive Gauche。
これは服の中身ではなく、届け方を変えた。
サンローランは、オートクチュール(一点物の高級仕立て)のクチュリエとして、初めて正式にプレタポルテ(既製服)へ踏み込んだ人物だ。
手の届かない高級モードを、街の店で買える形にした。
つまり彼は同じ年に、「性の秩序」と「階級の秩序」の両方に手をかけた。
Le Smokingが服の内側で境界を壊すなら、Rive Gaucheは服の外側、誰が着られるかという境界を壊した。
1966年は、その二つが同時に起きた年だった。
反抗の記号は、その後どうなったか
ここまでを「解放の英雄譚」として読むと、いちばん大事な皮肉を見落とす。
サンローランは女性の解放を謳った。
しかしその解放は、まず高価なオートクチュールとして富裕層に供給された。
掟を破る服が、掟を破れる階級のものだったという矛盾がある。
Rive Gaucheで民主化を掲げたのは事実だが、それでも根はラグジュアリーの側にあった。
そして時が進む。
1993年、負債を抱えたグループはElf-Sanofiに買収される。
1999年にはPPR(後のケリング)の傘下へ。
ブランドはやがて、パリ証券取引所に上場した最初のファッションブランドになった。
反抗の記号が、金融の対象になった。
2012年、エディ・スリマン(Hedi Slimane)はプレタポルテの名を「Saint Laurent Paris」へ縮め、あのイラストレーター、カッサンドル(Cassandre)が組んだ三文字のモノグラムを、無機質なブロック体のロゴへ替えた。
2016年からはアンソニー・ヴァカレロ(Anthony Vaccarello)が率いる。
今や世界に300を超える店を持ち、2023年時点で年商はおよそ31億ユーロに達する。
サンローランがかつて戦ったはずの階級性の、その内側に、彼のメゾンは回収された。
これを裏切りと呼ぶべきかどうか。
判断は分かれるところだ。
ただ、反抗が売れるほど反抗は制度になる、という逆説だけは、Le Smokingを語るときに外せない。

だから、3語で覚えておく
最初の問いに戻ろう。
女性が男の服を着るのは、強い者の借用なのか、束縛からの離脱なのか。
Le Smokingは、その両方であり続けている。
だからこそ、一度きりの流行で消えず、女性が公の場で堂々とパンツを穿く現在の光景の、いちばん最初の一歩として残った。
あの黒い上下は、勝ち取られた自由の記念碑であると同時に、その自由が高値で売られてきたことの証拠でもある。
覚えておくべきは三語でいい。
1966年、女性のタキシード、サンローラン。
レストランでパンツ姿の女性が誰にも咎められないこと——その当たり前は、この一着から始まった。
FAQ
Le Smokingは実際に着られたのですか、それとも舞台衣装のような見せ物ですか?
日常や公の場で着るための服として作られた、実際の衣服です。
ただし発表当時は、女性がパンツやタキシードで公の場に出ること自体が非常識とされており、店やレストランで着用を拒まれる場面もあったと広く語られています。

「Smoking」というのは煙草と関係があるのですか?
フランス語などで「スモーキング」は男性の夜の礼装(タキシード)を指す言葉です。
喫煙用の上着に由来するとされますが、Le Smokingの文脈では「男性のタキシードを女性のために仕立てた一着」を意味します。
なぜタキシードだったのですか。ほかの男物ではだめだったのですか?
タキシードは男性の礼装の中でも最も格式ばった、夜会の場の記号だからです。
最も男女の境界が厳格に守られる舞台にあえて女性を送り込むことで、境界の書き換えが最も鮮烈に見えた——そう考えると、この一着が起点に選ばれた意味が通ります。
なお彼は翌年以降、サファリジャケットやパンツスーツなど、より日常的な男物の翻訳へと展開しています。
この記事について
本記事は、公開されている一次情報を多言語で収集し、記述ごとに出典と突き合わせて検証したうえで執筆しています。裏が取れなかった事項は断定せず、資料が食い違う点は両論を併記します。編集部の二段階の査読(事実の正確性/編集としての品位)を経て公開しています。
執筆・編集:REPOSITORY ONE 編集部



