【徹底解説】シモーネ・ベロッティ(Simone Bellotti)の生涯|純粋さに感情を足そうとする男

2026.11.05 デザイナー 通史 編集部

Jil Sanderの新しいクリエイティブ・ディレクターは、ミニマリズムを「削ること」だとは一度も言っていない。
彼にとってそれは、情報が溢れる世界で本質を探り当てるための、問いと物語の積み重ねだ。

しかもこの男は、Jil Sanderが長く守ってきた「純粋さ」に、あえて「感情」と「官能」を足そうとしている。
純粋主義のメゾンに官能を持ち込む——それが喧嘩になるのか、それとも成立するのか。
まだ誰にも分からない。
ここが見どころだ。

家具職人の家に生まれ、手で物を作る父を早くに失う

シモーネ・ベロッティは1978年、イタリアのジュッサーノに生まれ、ミラノで育った。
父ロマーノは家具職人で、母ブルーナは家業を支えながら、本人と二人の姉妹ロベルタ、エマヌエラを育てた。

手で物を作る父が、生活のすぐそばにいた。
その父は、本人が13歳のときに49歳で亡くなっている。

後年、職人技とアーカイブの読み替えに人一倍こだわる作家になったことを、この家庭と結びつけて語るのはたやすい。
ただ、それは後から引いた線にすぎない。
本人がどう受け止めたかは、与えられた事実の外にある。

18歳で、ミラノのIstituto Secoliに入った。
イタリアで最も歴史ある服飾学校とされる場所だ。
ここで服作りとパターンメイキング、つまり型紙から服を立ち上げる技術を体系的に身につけた。

仕事の遍歴 — 長い歳月を、ほぼ匿名の裏方で過ごす

経歴を時系列で並べておく。
A.F. Vandervorst(2001・ウィメンズのアシスタント)→ Gianfranco Ferré(2002〜・メンズ、3年)→ Bottega Veneta(メンズ)→ Dolce & Gabbana(2006年4月〜・シニアメンズ)→ Gucci(複数の役職)→ Bally(2022年10月〜、SS2024〜Fall 2025)→ Jil Sander(2025年3月〜、SS2026〜)。

卒業後、彼はアントワープに渡った。
ラディカルな創作の環に迎え入れられ、2001年にベルギーのメゾンA.F. Vandervorstで婦人服のデザインアシスタントを務めた。

ここで一度、立ち止まっておきたい。
アントワープといえば前衛の都だが、彼はそこに長居せず、翌年にはイタリアへ戻っている。

2002年、Gianfranco Ferréにメンズデザイナーとして加わり、3年在籍した。
その後Bottega Venetaへ移り、2006年4月にはDolce & Gabbanaへシニアメンズウェアデザイナーとして入った。
イタリアの主要メゾンを、メンズの現場で渡り歩いたことになる。

そしてGucciへ。
ここで彼は一つの役職に収まらなかった。
メンズ・プレタポルテのスペシャルプロジェクト責任者、コレクションスポーツウェアのシニアデザイナー、シニアメンズウェアデザイナー——複数の役職を兼ねている。

Gucciで彼が仕えたのは、Frida GianniniとAlessandro Micheleという、作風の対照的な二人だった。
抑制の効いたGianniniと、過剰なまでに装飾的なMichele。
正反対の二つの美学の下で手を動かした経験は、のちの「相反するものを同時に抱えさせる」姿勢の下地になったのかもしれない。

ただし、Gucci入社の年には小さな食い違いがある。
資料によって2006年とも2007年とも記されており、どちらが正しいか決める根拠は与えられていない。
本人のキャリアにすら、小さな矛盾が残っている。

この間、彼の名前が表に出ることはほとんどなかった。

Bally — 跳ねるペプラム、下がった肩、革の多用

転機は2022年10月、スイスのメゾンBallyにDesign Directorとして加わったことだ。
2023年5月にはデザインスタジオを率いることになり、前任のRhuigi Villaseñorの後を継いだ。
Villaseñorはわずか2シーズンで退いていた。

ベロッティ最初のコレクションは2023年9月、ミラノ・ファッションウィークで発表された2024年春夏。
長い裏方の歳月を経て、彼が初めて自分の名前で表舞台に立った瞬間だった。

Ballyでの作風は、のちのJil Sanderを知る目には意外に映る。
規律と抑制を基調にしつつ、跳ねるようなペプラム、下がった肩、高くせり上がった襟といった「外し」のあるシルエットを組み込んだ。
サブカルチャーを下敷きにし、革を多用した。

静謐とは言いがたい。
ここが一つの伏線になる。

Ballyでの在任は短かった。
2022年就任、2023年初コレクション、そして2025年3月のFall 2025を最後に退任。
数シーズンで区切りを迎えた。

Jil Sander — 純粋主義のメゾンに「感情」を足す

2025年3月1日にBallyのFall 2025を見せた、その直後。
3月10日、Jil SanderのCreative Director就任が発表された。
発効は即日。
慌ただしい移籍だった。

前任は、2017年からメゾンを率いてきたLucie and Luke Meierのデュオ。
彼らはミラノでのFall-Winter 2025ショーを最後に去った。

ベロッティがまず世に出したのは、服ではなかった。
ハンブルクで撮影した映像作品『Wanderlust』で、音楽はテクノプロジェクトBochum Weltが手がけた。
コレクションの前に、まず空気と音で自分の方向を示したことになる。

デビューコレクションは2026年春夏。
発表の舞台は、Michael Gabellini設計のPiazza CastelloにあるJil Sander本社そのものだった。
この建築自体が彼のミューズになったという。
そしてオープニングを飾ったのは、1990年代のJil Sanderを象徴するオリジナル・ミューズ、Guinevere Van Seenus本人。
メゾンの原点を、人の姿で呼び戻してみせた。

このデビューが掲げたのは「制約ではなく様式としての純粋さ」。
厳格さと軽やかさ、優美さと峻厳さ、制御と自由——相反する質を同時に探った。
Jil Sanderの核である「品質」「純粋さ」「厳格さ」に、彼は「感情」と「官能」を足すのだと宣言した。

では、好評だったデビューをさらに磨けばよかったのか。
彼はそうしなかった。

2作目のFall 2026では、意図的に方向を変えた。
あえて「無用なもの(useless things)」を加え、身体と衣服のあいだに生まれる動きと対話を探った。
会場はSforza城を望む、1990年代のショースペース。
純粋さを突き詰めたデビューとは、別の関心に舵を切っている。

彼が拒んだ美と、抱えた恐れ

ベロッティが最も強く拒むのは、ミニマリズムを「シンプル=手を抜くこと」と等号で結ぶ考え方だ。

彼のミニマリズムの定義は「シンプル」ではない。
情報が飽和した世界で本質的な価値を探り当てるために、絶えず問いを立て、アイデアを探し、物語を紡ぐ複雑なプロセスを指す。
削ぎ落とした結果ではなく、問い続ける過程のほうが本体だという。

恐れていたのは二つ。
情報過多の中で本質的な価値が見失われること。
そして、純粋さが制約として硬直し、感情を失うこと。

純粋さを貧しさや無機質さと取り違えること——これを彼は是としない。
だからこそ、純粋主義の代名詞のようなメゾンに、官能という欠けた項を足そうとした。

矛盾 — 純粋主義に官能を接ぐことは成立するのか

ここには明らかな緊張がある。
Jil Sanderが長く築いてきたのは、感情を極力排した禁欲的な純粋さだ。
そこに「感情」と「官能」を加えるという宣言は、メゾンの核と正面からぶつかりかねない。

本人はこれを対立とは捉えていない。
純粋さを完成形ではなく、絶えず問い直すべき過程として読み替えることで、感情を足す余地を作ろうとしている。
だが、その読み替えが成功したかどうかを判定するには、まだコレクションが二つしかない。

もう一つの矛盾は、彼自身の歩みにある。
長く匿名の裏方であり続けた期間は、彼の技術を鍛えた一方で、自分の名での評価形成を大きく遅らせた。
Ballyでようやく表に出たと思えば数シーズンで退任し、Jil Sanderでもまだ評価は定まっていない。

長く隠れていた人が、急に頂点で試されている。
その居心地の悪さが、二作目で早々に路線を変えた判断に滲んでいるようにも見える。
ただ、これは憶測だ。

誤解を解く

「無名からいきなり抜擢された新鋭」という見方は、半分外れている。
彼はIstituto Secoliで学び、A.F. Vandervorst、Gianfranco Ferré、Bottega Veneta、Dolce & Gabbana、Gucciと長年にわたり現場を踏んできた。
新鋭ではなく、遅れて表に出たベテランだ。

「Ballyでもストイックな作風だったはず」という推測も外れる。
Ballyの彼は、跳ねるペプラムと革の多用で「外し」を効かせていた。
Jil Sanderの純粋さとは、出発点の質感が違う。

そして「純粋さを削ぎ落としのシンプルさとして引き継ぐ人物」という理解も、本人の言葉と食い違う。
彼のミニマリズムは、削ることではなく、問いと物語を織り続けることだ。

神話と、その裏側

手仕事の父を早くに亡くした家具職人の息子が、イタリアの名門校からアントワープの前衛へ、そして長い匿名の裏方の末にJil Sanderの頂点へ——。
きれいな物語で、実際によく語られる。

ただ、これは経歴を順序よく並べ直したものにすぎない。
因果の線は後から引かれたもので、神話化の域を出ない。
本人がこの筋書きを意図して歩んだわけではない。

こぼれ話

就任の第一声が、服ではなく映像だった点は彼らしい。
『Wanderlust』はハンブルクで撮られ、音はテクノ。
アート、写真、音楽から着想を得る作家が、まず自分の感性を音と映像で提示したわけだ。

デビューショーの開幕を90年代の原点ミューズ本人が務めたことも、記録しておきたい。
アーカイブを紙やアーカイブピースとしてではなく、生身の人として呼び戻した。
読み替えの対象が「人」にまで及んだ例だ。

History

  • 1978年 — イタリアのジュッサーノに生まれ、ミラノで育つ。
  • 1996年頃 — 18歳でミラノのIstituto Secoliに入学し、服作りとパターンメイキングを学ぶ。
  • 2001年 — アントワープでベルギーのメゾンA.F. Vandervorstの婦人服デザインアシスタントを務める。
  • 2002年 — イタリアへ戻り、Gianfranco Ferréにメンズデザイナーとして加わる(3年在籍)。
  • その後 — Bottega Venetaへメンズデザイナーとして移る。
  • 2006年4月 — Dolce & Gabbanaにシニアメンズウェアデザイナーとして加わる。
  • 2006年/2007年 — Gucciに参加(資料により年が食い違う)。メンズの複数役職を兼任し、Frida GianniniとAlessandro Micheleの下で働く。
  • 2022年10月 — スイスのメゾンBallyにDesign Directorとして加わる。
  • 2023年5月 — Ballyのデザインスタジオを率いる体制となる(前任はRhuigi Villaseñor)。
  • 2023年9月 — ミラノで初コレクション(2024年春夏)を発表。
  • 2025年3月1日 — BallyでFall 2025を発表。同月、Ballyを退任。
  • 2025年3月10日 — Jil SanderのCreative Director就任が発表される(発効は即日)。前任はLucie and Luke Meier。
  • 2026年春夏 — Jil Sanderでのデビューコレクションを本社Piazza Castelloで発表。映像作品『Wanderlust』を先行して公開。
  • 2026年秋 — Jil Sanderでの2作目を発表。

行き着く上位概念

結局のところ、ベロッティがやろうとしているのは一つだ。
純粋さや厳格さを、停止した様式ではなく、問いと物語を織り続ける過程として定義し直すこと。

純粋主義のメゾンに感情と官能を接ぐ試みが成立するのか——その答えはまだ出ていない。
コレクションは二つきりで、評価は宙に浮いたままだ。

だからこの話は、ミニマリズムの再定義、そして純粋さと官能の両立という、まだ現在進行形の概念へと続いていく。

FAQ

Q. シモーネ・ベロッティとはどんなデザイナーですか。
A. 1978年、イタリアのジュッサーノ生まれ、ミラノ育ちのデザイナーです。
2025年3月にJil SanderのCreative Directorに就任しました。
長年イタリアの主要メゾンでメンズの裏方を務めた経歴を持ちます。

Q. Jil Sanderの前はどこにいましたか。
A. 2022年10月からスイスのメゾンBallyでDesign Directorを務め、2023年9月に初コレクション(2024年春夏)を発表。
2025年3月のFall 2025を最後に退任し、同月Jil Sanderへ移りました。

Q. Gucciではどんな役職でしたか。
A. メンズ・プレタポルテのスペシャルプロジェクト責任者、コレクションスポーツウェアのシニアデザイナー、シニアメンズウェアデザイナーなど、複数の役職を兼任しました。
Frida GianniniとAlessandro Micheleの下で働いています。
なお入社年は資料によって2006年と2007年で食い違っており、確定できる根拠は与えられていません。

Q. 彼のミニマリズムの考え方は何が特徴ですか。
A. ミニマリズムを「シンプル」や「削ること」とは定義していません。
情報が飽和した世界で本質的な価値を探り当てるために、絶えず問いを立て、アイデアを探し、物語を紡ぐ複雑なプロセスだと捉えています。
さらにJil Sanderの核である「品質」「純粋さ」「厳格さ」に、「感情」と「官能」を加えようとしている点が特徴です。

Q. Jil Sanderでの代表的な仕事は何ですか。
A. 就任直後にハンブルクで撮影した映像作品『Wanderlust』(音楽はBochum Welt)、本社Piazza Castelloで発表したデビューコレクション2026年春夏、そして意図的に方向を変えた2作目のFall 2026があります。
デビューショーのオープニングは、1990年代の原点ミューズGuinevere Van Seenus本人が飾りました。

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