ヴァレンティノのローマンスタッズとは──ロックスタッズを巨大化した、2021年生まれの新しい鋲

2026.10.05 Valentino 編集部
同じ形を拡大しただけで、鋭さが丸みへと印象が反転する——寸法の操作そのものが意味を変えることを理解させる

ローマンスタッズ(Roman Stud)は、ヴァレンティノ(Valentino)の定番だったロックスタッズ(Rockstud)を大胆に拡大した鋲のモチーフだ。
2021年春夏、ピエルパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)が単独のクリエイティブ・ディレクターとしてランウェイに送り出した。
要点を先に言えば、これは新しい記号の発明ではなく、すでにある記号を「大きくする」という最小限の操作で、同じメゾンのDNAを更新してみせた一手である。

小さく尖った鋲を知っている人ほど、最初は戸惑うかもしれない。
見慣れたものが、見慣れない寸法でそこにある。

まず、見た目と手触りから

違いは一言でいえばサイズだ。
ロックスタッズが細かく尖ったピラミッド状の鋲を縁に沿って連ねる意匠だったのに対し、ローマンスタッズはその一粒一粒を何倍にも拡大している。

点の集合が、面に近づく。

小さな鋲は、触れると痛そうなほど鋭く、それゆえにロックという名が似合った。
棘のような攻撃性が魅力だった。
ところがローマンスタッズでは、拡大された鋲はピラミッドの斜面を広くとり、むしろ柔らかな陰影を持つ。
尖っているのに、丸みを感じる。
同じ形を大きくしただけで、印象は反転した。

ここで素朴な疑問が残る。
すでに10年以上メゾンを象徴してきたロックスタッズがありながら、なぜわざわざ似た別物を作るのか。
普通に考えれば、定番は定番のまま守ればいい。
その問いは後半に返したい。

ロックスタッズという前提

話を始めるには、拡大される前の鋲に戻る必要がある。

ロックスタッズが生まれたのは2010年の秋冬コレクション。
当時のヴァレンティノはマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)とピエルパオロ・ピッチョーリの共同クリエイティブ・ディレクター体制で、この鋲は二人の発案だった。
ハンドバッグやパンプスの縁に並んだ金属の鋲は、たちまちメゾンの代名詞になる。

重要なのは、この鋲がどこから来たかだ。

ロックスタッズの着想源は、ローマの建築に見られる「bugnato(ブニャート)」と呼ばれる石積みの装飾にあるとされる。
石の表面を削り出して立体的な凹凸をつける手法で、ルネサンス期のローマの宮殿などに見られる。
つまり、尖った鋲はただの金属パーツではなく、都市ローマの石の記憶を、小さな金属に翻訳したものだった。

ヴァレンティノは、ローマのメゾンである。
創業者ヴァレンティノ・ガラヴァーニ(Valentino Garavani)が最初のアトリエを構えたのは1959年、ローマのコンドッティ通りだった。
クリエイティブの拠点とヴァレンティノ財団は今もローマのパラッツォ・ガブリエッリ=ミニャネッリに置かれている。
石の都市に根を下ろしたメゾンが、その石を服飾の記号へ変えた——ロックスタッズはそういう仕事だった。

ロックスタッズがローマの石積み装飾bugnatoを金属に翻訳した記号であり、都市ローマの記憶を宿していることを理解させる

大きくする、という判断

では、本題に戻る。
なぜピッチョーリは既存の記号をあえて巨大化したのか。

2021年のピッチョーリは、もう共同体制の片割れではない。
2016年にキウリがクリスチャン・ディオール(Christian Dior)へ移って以降、彼はヴァレンティノの単独のクリエイティブ・ディレクターだった。
かつて二人で生んだ鋲を、今度は一人で引き受け直す立場にいた。

共同で作ったものを、単独で更新する。
ローマンスタッズの大型化は、そのこと自体を形にしているようにも見える。
ただ、これは解釈にすぎない。
確かなのは、彼が記号を捨てなかったという事実のほうだ。

ロックスタッズを廃して新しいモチーフをゼロから立ち上げる道もあったはずだ。
そうしたかったクリエイターもいるだろう。
だがピッチョーリは、すでにメゾンに根づいた記号を消さず、その寸法だけを変えた。
bugnatoという出自は共通のまま、翻訳の縮尺だけを上げたのだ。

ここに、彼の仕事の型がよく出ている。

石積みの装飾を小さな鋲に写したのが第一の翻訳なら、その鋲を拡大して再び石の塊のような量感に近づけたのが第二の翻訳だ。
小さくした記号を、もう一度大きく戻す。
出発点のローマの石へ、形を半周させて帰ってきた——と読むこともできる。
断定はしすぎないでおく。
だが同じDNAから出ていることは動かない。

小さくした記号を再び大きく戻すという二度の翻訳=ピッチョーリ単独体制下での記号の引き受け直しを理解させる

Pink PPと並べてみる

ローマンスタッズを一度きりの思いつきと見ないために、もう一つ並べたい事例がある。
Pink PPだ。

2022年、ピッチョーリはプレタポルテのコレクションほぼ全体を、新しい鮮烈なピンク「Pink PP」で染めた。

これを、ヴァレンティノの歴史に照らすとどう見えるか。

このメゾンの魂は、長く一つの色に宿ってきた。
1959年の最初のコレクション、”La Fiesta”のドレスとともに生まれたヴァレンティノ・レッド(Valentino Red)である。
マゼンタ100%、イエロー100%、ブラック10%——この配合はやがてパントーン(Pantone)に固有色として登録された。
一ブランドが、自らの名を冠した色を制度として持つに至ったのだ。

Pink PPは、その赤の伝統を裏切るのではなく、更新する試みだった。
創業者の色を守るのでも捨てるのでもなく、後継者が自分の一色を新たに打ち出す。
赤に対するピンク。
先人の記号への返歌である。

ローマンスタッズとPink PPは、素材もジャンルも違う。
だが手つきは同じだ。
メゾンの核にある記号——片やbugnato由来の鋲、片やヴァレンティノ・レッド——を、消さずに、拡大する・変奏する。
受け継いだものを、受け継いだと分かる形のまま、自分の寸法に作り直す。

Valentino RedとPink PPが示す、創業者の一色を更新する後継者の型=記号を消さず変奏する手つきを理解させる

誰のものでもない「思想」として

もっとも、「後継者が伝統を更新し続ける」という美しい話を、そのまま信じきるわけにもいかない。

ヴァレンティノの歴史は、更新の物語であると同時に、手放しの物語でもあったからだ。
創業者の引退後、メゾンはHdP、マルゾット(Marzotto)と所有者を変え、2012年にはカタール王室系のMayhoola for Investmentsが約7億ユーロで買収した。
2023年にはケリング(Kering)が30%を取得し、2028〜29年には完全買収の選択権まで設定されている。
ローマの石と手仕事の物語の下で、所有は国境を越えて取引され続けている。

そしてピッチョーリ自身も、2024年にメゾンを去った。
25年在籍した人の、オールブラックのコレクションが最後になった。
後任はアレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)。
創業者の名を冠したメゾンが、個人のカリスマを超えて生き延びられるのか——その問いは、まだ閉じていない。

ローマンスタッズは、その宿命のただ中に置かれた一粒の鋲だ。

小さな鋲を大きくする。
たったそれだけの操作が、ローマの石を二度翻訳し、共同で生んだ記号を単独で引き受け直し、受け継いだものを更新してみせる型を体現した。
冒頭で、見慣れたものが見慣れない寸法でそこにあると書いた。
あの戸惑いの正体は、たぶんこうだ。
私たちは、記号が受け継がれていく現場そのものを見ていたのである。

FAQ

ローマンスタッズとロックスタッズの違いは何ですか?

どちらもピラミッド型の鋲を連ねたヴァレンティノのモチーフですが、ローマンスタッズはロックスタッズを大幅に拡大したものです。
ロックスタッズが2010年に細かく尖った鋲として生まれたのに対し、ローマンスタッズは2021年に、その一粒を大型化して量感と陰影を強めた意匠として登場しました。

ローマンスタッズは誰がいつ発表したのですか?

単独のクリエイティブ・ディレクターだったピエルパオロ・ピッチョーリが、2021年の春夏ランウェイで発表しました。
ロックスタッズは彼とマリア・グラツィア・キウリの共同体制時代の2010年の発案で、ローマンスタッズはその記号を単独体制下で更新したものにあたります。

鋲のデザインは何に着想を得ていますか?

ローマの建築装飾「bugnato(ブニャート)」に着想を得ているとされます。
石の表面に立体的な凹凸をつける石積みの手法で、ローマに根ざすメゾンの都市性が、金属の鋲というかたちに翻訳されています。

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