【徹底解説】プレタポルテとは|「高級服の廉価版」ではなく、量産のなかで創造性を守るために生まれた層のこと

プレタポルテとは、標準化されたサイズで工場生産され、完成品として売られながらも、デザイナーによる創造性と品質を厳格に保った既製服のことである。
フランス語で「着る準備ができた」を意味する。
この言葉を「オートクチュールを安く作り直したもの」と受け取ると、20世紀のファッションが動いた向きを見誤る。
プレタポルテは高級品の劣化版ではなく、粗悪な量産品とも違う、その中間にわざわざ引かれた一本の線だった。
一文で言えば、量産と創造性を両立させた既製服のこと
標準サイズで大量に作られ、採寸なしで着られる完成品——ここまでは単なる既製服と同じだ。
プレタポルテがそれと分かれるのは、そこにデザイナーの創造性と、ブランドの象徴的な価値が保たれている点にある。
工場で速く作りながら、スタイルや革新性を諦めない。
この二つを同時に成り立たせようとしたところに、この概念の全部がある。
だから境界は上と下の両方にある。
上にはオートクチュール、下には粗悪な大量生産品がいる。
プレタポルテはその間の、狭くて意図的な位置に立っている。
「着る準備ができた」という言葉が、誰から出たのかはわかっていない
言葉そのものはフランス語だ。
ただ、誰が最初に言い出したのかは、実のところ決着していない。
一説には、1949年にフランスのヴェイユ社が、粗悪な既製服との差別化をねらった販売戦略として使ったという。
別の説では、ChloéのデザイナーGaby Aghionが最初に作った言葉だとされる。
単に1950年代のフランスで自然に生まれた、という言い方もある。
どれかに寄せて断定したくなるが、事実として確認できるのは「1950年代のフランスで普及した」というところまでだ。
ここで一つ、注意しておきたいことがある。
既製服そのものは、この言葉より何十年も前から存在していた。
メンズの既製服は19世紀から、ウィメンズは20世紀初頭からあったとされる。
1923年には、ニューヨーク・タイムズが「女性の既製服の人気が上がり、仕立て屋の商売が衰退している」と報じている。
つまり「既製服」は古い。
新しかったのは、そこに高いデザイン性を持ち込み、それを一つの名で呼んだことのほうだ。

何がプレタポルテで、何が違うのか
工場で標準サイズを使って量産され、採寸なしで着られる完成品で、なおかつデザイナーの創造性と品質を保っている——これがプレタポルテに当たる。
当たらないものを並べると、輪郭がはっきりする。
- オートクチュール:一点ものを客の体に合わせて仕立てる。生産方式も価格帯もまったく別だ。
- 粗悪な大量生産品:1950年代当時、量産品は品質が悪く原始的なデザインと結びついていた。プレタポルテは、まさにその対極にある選択肢として市場に現れた。
- ファストファッション:量産という一点は重なる。だが計画的陳腐化と過剰生産を前提にしたビジネスモデルで、思想が違う。
上と下を切り落とすと、残るのは狭い帯だ。
高級すぎず、粗悪でもない。
プレタポルテはそこにしかいない。

オートクチュールと、ファストファッションと、どう違うのか
混同が起きるのは、同じメゾンがオートクチュールとプレタポルテを両方やるからだ。
名前も価格も違うのに、看板が同じせいで一緒に見えてしまう。
オートクチュールは、Charles Frederick Worthが19世紀後半のパリで、仕立て屋ではなく「デザイナー」として服を提案したことに始まるとされる。
客の体を測り、一点を仕立てる。
プレタポルテは、その創造性は引き継ぎつつ、生産だけを工場と標準サイズに移した。
作り方が根本から違う。
ファストファッションとの違いは、もっと厄介だ。
どちらも量産する。
だが片方は品質と創造性を保つために作り、もう片方は速さと安さのために作る。
ファストファッションは水消費量で世界3位、土地利用で2位とされる産業で、過剰生産と計画的陳腐化に基づき、地球と労働者に重い負荷をかける。
同じ「量産」でも、目指すものが正反対だ。
この二つを分ける線は、あとでもう一度引く。

認定制度はないが、業界は制度として近代化した
オートクチュールには法的な名称保護がある。
ではプレタポルテにも同じような認定があるのか——ここは丁寧に言う必要がある。
事実として確認できる範囲では、プレタポルテにオートクチュールのような法的な名称保護・認定制度は見当たらない。
あるのは、業界を近代化させた制度的な動きのほうだ。
女性衣料産業連合(Fédération de l’Industrie des Vêtements Féminins)が業界団体として近代化を推し進めた。
その責任者だったAlbert Lempereurは、1953年から大規模生産と業界の近代化を推進している。
そして1956年、パリのテアトル・デ・ザンバサダーで最初のプレタポルテのサロンが開かれた。
つまりプレタポルテを支えたのは「名前を守る法」ではなく、「作り方と売り方を近代化する仕組み」だった。
守るべき対象が違ったのだ。

転換点は、戦後の「貧しさ」から始まっている
プレタポルテを生んだのは、豊かさではなく貧しさだったと語られる。
第二次大戦後、富裕層でさえ一点ものの服を買う余裕がなくなった。
ここで問いが立つ。
では高品質な服は諦めるしかなかったのか。
そうならなかったのが面白いところだ。
質を保ったまま量産する、という発想が、まさにこの「買えなくなった」状況から出てきた。
転換点をたどると、一人の判断ではなく、複数のデザイナーの手が重なっているのが見える。
- 1930年代、Elsa Schiaparelliらグラン・クチュリエが、オートクチュールサロンに加えてブティックを開いた。
- 1959年、Pierre Cardinが自身のクチュールにインスパイアされた手頃な既製服のランウェイショーを発表した。デザインを民主化した最初のクチュリエとされる。
- 1966年、Yves Saint LaurentがパリでSaint Laurent Rive Gaucheを開店した。
このRive Gaucheが、通説を裏切る。
「オートクチュールの廉価版を売る店」だと思われがちだが、サンローランにとってここは違う顔を持っていた。
オートクチュールサロンのプレッシャーから解放された「実験室」であり、1970年代の最も多作な創作の場だった。
有名なロシア風・中国風コレクション(1976年、1977年)もここから生まれている。
女性が無限に組み合わせられるセパレーツ=「ワードローブの必需品」という哲学も、ここで育った。
学生街の旧アンティークショップに構えたこの店には、商品を買うために3時間並ぶ客もいたと語られる。
廉価版どころか、創造の中心地だった。
もっとも、すべてのメゾンがすんなり乗ったわけではない。
Chanelの評価は分裂している。
戦後に大量生産を始めたとする記述がある一方で、Chanelは長くプレタポルテに反対していたとも伝えられる。
前者は逸話の域を出ない。
同じメゾンについて正反対の話が残っていること自体が、この移行が一枚岩でなかった証しだ。

いま、アパレル市場の大部分はプレタポルテである
プレタポルテは廃れなかった。
それどころか、いま全世界のアパレル市場の大部分を占める、最も重要な市場セグメントの一つになっている。
パリ・ミラノ・ニューヨーク・ロンドンのコレクションが、次シーズンのトレンドを決める発信源となった。
製造の側では、工業用ミシン、CADによるパターン作成、自動裁断機、そして統計に基づく標準サイズ展開が使われる。
国や地域に応じたサイズ調整も欠かせない。
イタリアではpronto modaが1960年代後半から70年代に確立し、Giorgio ArmaniやGianni Versace、Miuccia Pradaを擁するMilanoがその首都になった。
ここで、後回しにしていた線を引く。
プレタポルテは「あらゆる社会的・経済的地位の顧客に開かれた」という意味で、確かにファッションを民主化した。
だが、その延長線上に低価格・短サイクルのファストファッションが派生した。
一部の「ウルトラファストファッション」は1日あたり7,200以上の新モデルを投入するといわれ、ジーンズ1本の生産には約11,000リットルの水と20㎡の土地が要るとされる。
同じ「多くの人へ」という理念が、正反対の帰結を生んだ。
民主化の象徴だったプレタポルテの先に、地球と労働者を犠牲にする段階が現れた——この皮肉こそ、両者を混同してはいけない理由そのものだ。

この物差しを持つと、メゾンの立ち位置が見える
プレタポルテを理解すると、20世紀のファッションが「富裕層だけの一点もの」から「多くの人が手にできる既製服」へ移った過程が読めるようになる。
そして何より、ブランドを見分ける物差しになる。
あるメゾンがオートクチュール・プレタポルテ・ファストファッションのどこに立っているか。
量産のなかで創造性と品質をどう守ろうとしているのか、あるいは守ることを手放したのか。
戦後、一点ものを買えなくなったあの状況から始まった問い——質を保ったまま多くの人に届けられるか——は、いまも解かれ続けている。
プレタポルテという言葉は、その問いに一度出された答えの名前だ。
次にコレクションの写真を見るとき、それがどの層の答えなのかを、あなたはもう見分けられる。

FAQ
Q. プレタポルテと既製服は同じもの?
ほぼ重なるが、完全には同じでない。
既製服(Ready-to-wear)は品質やデザイン性を問わず標準サイズで量産される衣料全般を指す。
プレタポルテは、そこに創造性と品質、ブランドの象徴的価値を加えた層を指す言葉として使われる。
既製服という大きな箱の中の、デザイン性の高い部分だと考えるとよい。
Q. プレタポルテとオートクチュールは何が違う?
生産方式が根本から違う。
オートクチュールは客の体を採寸して一点を仕立てる。
プレタポルテはS・M・Lなどの標準サイズで工場生産し、完成品として売る。
価格帯も別だ。
同じメゾンが両方を手がけることが多いため混同されやすい。
Q. プレタポルテとファストファッションは違うの?
量産という点は重なるが、思想が違う。
プレタポルテはデザイン性と品質を保つために作られる。
ファストファッションは低価格・短サイクル・過剰生産を前提にしたビジネスモデルで、計画的陳腐化に基づく。
後者は環境と労働に重い負荷をかける点でも、はっきり区別される。
Q. 「プレタポルテ」という言葉は誰が作ったの?
確定していない。
1949年にフランスのヴェイユ社が販売戦略として使ったという説、ChloéのGaby Aghionが最初に作ったという説、単に1950年代のフランスで生まれたという説が併存している。
事実として言えるのは、1950年代のフランスで普及したところまでだ。
Q. 日本ではいつから使われている?
1963年に西武デパートが高級既製服の販売促進として「プレタポルテ」の語を大々的に用い、それで定着したと広く語られる。



