フェンディのピーカブーとは──「いないいないばあ」から生まれたバッグの構造と背景

赤ん坊をあやす、あの遊び。
手で顔を隠して、また現す。
フェンディ(Fendi)のピーカブー(Peekaboo)という名は、そこから来ている。
2008年にシルヴィア・ヴェントゥリーニ・フェンディ(Silvia Venturini Fendi)が設計し、翌2009年に店頭へ並んだこのバッグは、開くと内側が覗く二層構造を、子どものゲームの名で言い当てた。
バッグの名前がひとつのゲームだった、という事実の軽さ。
そこにこそ、このメゾンの流儀が凝縮されている。
隠して、また見せる——名前が説明している構造
ピーカブーの正体は、名前がすでに全部語っている。
開けば内側が見え、閉じれば隠れる。
「いないいないばあ」の反復が、そのままバッグの開閉運動になっている。
構造は二つのコンパートメントに分かれる。
中央のフラップを開けると、内側の異なる素材や色が姿を現す。
だから閉じているときと開いているときで、バッグは別の表情を見せる。
持ち主だけがその「中身」を選び、覗かせる。
バッグの内側という、本来は隠される場所を見せ場に変えたわけだ。
ここで思い出しておきたい。
フェンディはローマ(Roma)のレザーと毛皮の工房から始まった。
1918年、アデーレ・カサグランデ(Adele Casagrande)がヴィア・デル・プレビシート(Via del Plebiscito)に小さなアトリエを開く。
1925年、アデーレとエドアルド・フェンディ(Edoardo Fendi)によってメゾンが設立された。
革を裁ち、縫い、仕立てる技芸が根にある。
ピーカブーの二層構造は、その職人性を「見せる」ための舞台装置でもあった。
内側の仕立ての美しさを、開閉のたびに証明してみせる。
つまりこのバッグは、機能でも装飾でもなく、ひとつの仕掛けだ。
では、なぜ2008年のフェンディは、こんな仕掛けを必要としたのか。
バゲットの次に、三代目が置いた一手
答えは、アイコン戦略の系譜にある。
ピーカブーはバゲット(Baguette)に続く、フェンディの二つ目の看板バッグとして構想された。
1997年、同じシルヴィア・ヴェントゥリーニ・フェンディがバゲットを設計した。
脇に抱えるフランスパンのような持ち方から名がついたこの小さなバッグは、テレビドラマ『Sex and the City』のキャリー・ブラッドショー(Carrie Bradshaw)が手にしたことで熱狂的な地位を得る。
「It bag」という概念そのものが、ここから生まれたと言っていい。
デビュー以来のバリエーションは1,000種を超えるとも言われ、数え方によって数字は揺れる。
いずれにせよ、ひとつのバッグがコレクションの対象へと変わった。
バゲットが証明したのは、バッグが物語を語れるということだった。
ならば、次の物語をどう作るか。
ピーカブーの答えは「構造そのものを物語にする」だった。
バゲットが持ち方(脇に抱える)を名にしたのに対し、ピーカブーは開閉の動作を名にした。
前者は身体との関係、後者はバッグ自身の運動。
同じ設計者が、アイコン化の手法を一段ずらしている。
名前が動詞になり、持つたびにその動詞が反復される。
三代目という位置も見ておきたい。
シルヴィアは、五姉妹の一人アンナ(Anna)の娘にあたる。
1992年にフェンディへ入り、カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)のアシスタントを経て、1994年にアクセサリーとメンズのアーティスティック・ディレクターとなった(入社年は1987年や1994年とする資料もある)。
祖母たちが分担して継いだ家業のなかで、彼女が受け持ったのがバッグという領域だった。
バゲットもピーカブーも、その手から出ている。

ロゴなきロゴ、モンスターの顔——ユーモアという設計思想
ピーカブーの遊び心は、突発的な思いつきではない。
それはフェンディのDNAに刻まれた、一貫した設計思想の一部だ。
証拠は三つある。
まずダブルFロゴ。
1966年、ラガーフェルドが生んだこのマークは「Fun Furs(楽しい毛皮)」の頭文字だとされる。
毛皮を格式や富の重々しい象徴として扱う保守的な価値観に対し、フェンディはそれを「楽しい毛皮」と呼び替えた。
厳粛な財産を、遊べる素材へと引きずり下ろす。
ロゴの由来からして、すでに茶化しが仕込まれている。
そのダブルFは、当初は旅行鞄や毛皮コートの内装ライニングに使われていた。
それをラガーフェルドが1969年から製品の外側へ出すことを提案する。
隠れていたものを、表に反転させる。
ここでも「内と外」の反転が起きている——ピーカブーの構造と、奇妙なほど響き合う発想だ。
二つ目はペカン(Pekan)。
1983年にラガーフェルドと姉妹たちが考案した、濃淡の茶色のストライプ模様で、「ロゴなきロゴ」と呼ばれる。
ブランド名を書かずにブランドを名乗る。
この逆説もまた、まっすぐな自己主張を一度ひねる態度から出ている。
三つ目はバッグ・バグズ(Bag Bugs)。
2013年にシルヴィア・フェンディが生んだ、遊び心のあるモンスターの顔のモチーフだ。
バッグに目玉をつけて怪物にしてしまう。
手仕事に厳格でありながら、それを真顔で茶化す。
- ダブルF=「Fun Furs」——毛皮の重さを名前で軽くする
- ペカン=ロゴを書かないことで成立するロゴ
- バッグ・バグズ=高級品に貼りつけたモンスターの顔
三つとも、正体は同じだ。
真剣な技芸を、真面目な顔のまま笑ってみせる態度。
ローマの職人気質と、それを茶化す都会的なユーモア。
ピーカブーの「いないいないばあ」は、この系譜の正嫡である。

手放しでは讃えられない——毛皮メゾンがレザーへ寄る現在
ただ、この遊びの物語には、正面から向き合うべき緊張がある。
フェンディは毛皮のメゾンとして名を上げた。
「Fun Furs」を掲げ、毛皮を軽やかな素材へと解放しようとした。
だがその根幹は、動物由来の毛皮産業に深く依存している。
メゾンは倫理的に調達された原材料のみを扱い、最高水準の倫理・社会・環境基準を遵守すると公言する。
それでも、毛皮を主役に据え続ける限り、この主張は常に問い直される。
遊びの軽さと、素材の重さは、簡単には和解しない。
この文脈で、レザーバッグの存在感は無視できない。
バゲット、ピーカブー——フェンディを今日世界に印象づけているアイコンは、いずれも毛皮ではなく革のバッグだ。
毛皮の技術革新を出自とするメゾンが、その顔をレザーのアクセサリーへと移してきた。
そう読める。
もっとも、これを「毛皮からの撤退」と単純に言い切るのは早い。
フェンディは2015年秋冬にパリのオートクチュールへ初参加し、ラガーフェルド在籍50周年を祝う「Haute Fourrure」——文字通り「高級毛皮」のコレクションを掲げた。
毛皮を手放したのではない。
むしろクチュールの頂点へ押し上げている。
軸足が動いているのは確かだ。
ただしそれが何を意味するのかは、まだ答えが出ていない。
継承の物語も、ちょうど円環を描いている。
ラガーフェルドとの協業は54年、彼の死んだ2019年まで続き、デザイナーとメゾンの間で史上最長とされる。
その後をキム・ジョーンズ(Kim Jones)が4年ほど担い、2024年9月に最後のショーを終えた。
そして次に創造の頂点へ立つマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)は、1989年から1999年まで、ほかならぬフェンディでアクセサリーデザイナーとしてキャリアを始めた人物だ。
バッグから出発した者が、バッグを看板にしたメゾンの頂点へ帰ってくる。
最初のコレクションは2026年秋冬、2026年2月にミラノで発表される予定だという。
起点へ戻る動きのなかで、ピーカブーはどこに立つのか。

覗き込む手つき
冒頭のあやし遊びに戻る。
手で顔を隠し、また現す。
ピーカブーを開くとき、持ち主は毎回その動作を反復している。
内側の仕立てを覗き、また閉じる。
その手つきは、ローマの工房で革を裁いた職人の手と、毛皮を「楽しい」と呼び替えた茶化しの精神と、バッグに物語を持たせた三代目の設計を、一度に受け継いでいる。
バッグの名前がひとつのゲームだった、という軽さ。
その軽さの下に、これだけの重さが折り畳まれている。
だから、いないいないばあで現れるのは、内側の素材だけではない。
100年分の技芸とユーモアと、まだ答えの出ていない毛皮という問いが、開くたびに一緒に覗いている。
FAQ
ピーカブーの名前はなぜ「いないいないばあ」なのですか?
英語の「peekaboo」は、赤ん坊をあやす「いないいないばあ」を指す言葉です。
開くと内側が覗き、閉じると隠れるバッグの二層構造が、顔を隠しては見せるこの遊びの反復に重なることから名づけられました。
名前そのものが構造の説明になっています。
ピーカブーとバゲットはどう違うのですか?
どちらもシルヴィア・ヴェントゥリーニ・フェンディの設計によるフェンディのアイコンバッグですが、バゲット(1997年)は脇に抱える持ち方を名にした身体との関係を軸にしたバッグ、ピーカブー(設計2008年・発売2009年)は開閉の動作を名にした構造そのものを主役にしたバッグです。
アイコン化の手法が一段ずらされています。
毛皮のメゾンなのに、なぜレザーバッグが有名なのですか?
フェンディはローマのレザーと毛皮の工房を起源とし、「Fun Furs」を掲げて毛皮で名を上げました。
一方で今日世界に知られるアイコンはバゲットやピーカブーといった革のバッグです。
ただし毛皮を手放したわけではなく、2015年秋冬にはオートクチュールの毛皮コレクション「Haute Fourrure」を発表しており、その軸足の移動が何を意味するかは現在進行形の問いです。

