なぜ1万ドルと10万ドルのバッグがあるの? 同じバーキンの値段が10倍も違う理由

同じ設計でも革の種類と歩留まりの悪さが価格の桁を分けること、そして高いのは革そのものでなく『使える部分を均一に揃える選別の贅沢』であることを理解させる
まず、革が値段を分ける

同じ名前、同じ形の鞄なのに、片や1万ドル、片や10万ドル超。この開きを生むのは、まず革の種類、次に一人の職人が費やす時間、そして最後に「ロゴを出さない鞄が世界一わかりやすい富の印になっている」という逆説である。順に解いていくと、値段の話が思想の話に変わっていく。

バーキン(Birkin)は1984年、英国の女優で歌手のジェーン・バーキン(Jane Birkin)に献じて作られた。カーフ(仔牛)、オーストリッチ、リザード、クロコダイルといった革で仕立てられ、価格は1万ドルから10万ドル超まで動く。ここまでは事実だ。問題は、なぜ10倍なのか。

まず、革が値段を分ける

一番わかりやすい変数は素材である。同じ設計でも、何の皮で作るかで桁が変わる。

カーフは滑らかで扱いやすく、いわば標準だ。ここから、リザード、オーストリッチ、クロコダイルへと上がるにつれて値段は跳ねる。理由は単純で、希少性と歩留まりの悪さである。爬虫類の皮は一頭から取れる面積が限られ、鱗の並びに規則性を求められる。オーストリッチの、あの毛穴の突起——クイルマークと呼ばれる——も、背中の一部にしか均等に出ない。

つまり、革が高いのではない。「使える部分が少ない革を、均一に揃えて一つの鞄に落とし込む」という選別の贅沢が高い。

ここで一つ、留保を置いておきたい。素材だけで10倍を説明できるなら、話は皮革相場の問題で終わる。ところが、値段を支えるもう一本の柱は、目に見えない。時間だ。

次に、手を動かす時間が値段になる

素材の差の上に、もう一つ、工程の時間が積み重なる。エルメス(Hermès)の値段は、この「遅さ」を含んでいる。

このメゾンは1837年、クレフェルト(Krefeld)生まれのティエリ・エルメス(Thierry Hermès)がパリで開いた馬具工房に始まる。鞄より先に、鞍があった。1900年に生まれた最初の鞄オー・ア・クロワ(Haut à Courroies)も、そもそも乗り手の鞍を運ぶための道具だった。

この出自が、値段の話に直結する。

現在も、パリのフォーブール・サントノレ通り24番地では年に400から500の鞍が作られている。一つの鞍を、一人の職人が最初から最後まで組み上げる。所要はおよそ40時間。工程を細かく分けて流れ作業にすれば速くなる——それを、しない。

鞄にも同じ論理が流れている。核にあるのがクチュール・セリエ(couture sellier)、いわゆる鞍縫いだ。二本の針と、蜜蝋を引いた一本の麻糸。これを一つの穴に両側から交互に通し、往復させて縫っていく。ミシンの一方向の縫いと違い、糸が一本切れても全体がほどけにくい。手間はかかる。だが、丈夫で、美しい。

もっとも、この縫いが鞄全体を覆っているわけではない。

エルメス自身の説明によれば、鞍縫いが使われるのは一つの鞄の1割を超えない。強度が要る箇所と、あえて縫い目を見せたい箇所に限られる。残りの大半は別の技法で仕立てられる。だとすれば、手縫いは値段の全部ではなく、値段を象徴する部分なのだ。

  • 素材:使える面積の少ない革を、均一に選び抜く贅沢。
  • 時間:分業で速めることを拒み、一人の手に工程を委ねる論理。
  • 象徴:鞍縫いは全体の1割。だが、その1割が「これは急いで作っていない」という宣言になる。

三つ目が効いている。速く作れば安くなる、を、このメゾンは価値の中心に据えなかった。7000人の職人を抱え、製品の55%を内製工房で、75%をフランスで作る——この一貫生産は、遅さを稀少資源として制度化する仕組みでもある。

では、革と時間で値段の階段はできた。しかし、10万ドルの鞄を買う人が払っているのは、本当に革と時間の対価だけなのだろうか。

分業を拒み一人の職人が最初から最後まで約40時間かけて仕上げる『遅さ』の論理と、二本の針と蜜蝋の麻糸で往復させる鞍縫いが値段を象徴することを理解させる

ロゴのない鞄が、最も雄弁な印になった

ここが一番奇妙なところだ。エルメスは、ブランド名を大きく掲げない。にもかかわらず、バーキンは世界で最もわかりやすい富の記号になった。

この逆説を、このメゾンは自分の文法として持っている。

1997年から2003年まで女性プレタポルテを率いたマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)は、「ノー・ロゴ」の哲学をここに持ち込んだ。彼が作ったのは、六つ穴のボタンだ。糸を通すと、その糸が目立たない「H」を描く。ロゴを貼るのではなく、帰属を糸の運びに隠す。誇示せずに所属を示す——この一手が、メゾンの態度を言い当てている。

ケリー(Kelly)を思い出してもいい。1930年代にロベール・デュマ(Robert Dumas)が設計したこの鞄は、もとはただの鞄だった。名を得たのは1956年、グレース・ケリー(Grace Kelly)がこれを手に写真に収まってからだ。道具として設計されたものが、人の名を帯びて神話になる。バーキンも同じ道をたどった。

つまり、この鞄はブランド名で値打ちを主張していない。台形のシルエット、脇のマチ、六角形の金具、ターンロックの留め金——形そのものが署名なのだ。ケリーの意匠には著作権と国際図形商標がかかっている。ロゴがなくても、形が名前を果たしている。

だからこそ、皮肉が生まれる。

反ロゴ、反誇示を思想に掲げたはずの鞄が、結果として最も雄弁なステータス記号になった。持ち手が「わかる人にはわかる」を狙えば狙うほど、わかる人の間でのわかりやすさは増していく。ロゴを消すことが、逆に強い記号を作ってしまった。

矛盾は、素材の側にもある。

このメゾンは持続可能性を掲げ、再生可能な自然素材と長く使える道具を語る。バーキンやケリーが何十年も使える耐久性を持つこと自体、使い捨てへの抵抗ではある。一方で、その希少な革——クロコダイル、リザード、オーストリッチ——が価格を10万ドル超へ押し上げ、鞄そのものが投機と転売の対象になっている。長く使うために作られた道具が、使われずに値上がりを待つ資産になる。この捻れは、まだきれいには解けていない。

反ロゴ・反誇示を思想としながら鞄自体が最も雄弁なステータス記号となった逆説、糸がHを描く隠された帰属と、形そのものが署名になる論理を理解させる

結び

最初の問いに戻ろう。1万ドルと10万ドルのバーキンを分けるのは、まず革だった。次に、分業を拒んで一人の手に委ねる時間だった。ここまでは、値段の話として筋が通る。

けれど、10万ドルの上澄みを説明するのは、革でも時間でもない。ロゴを消したことで生まれた、消せない記号のほうだ。道具として設計され、人の名を帯び、誇示を嫌ったはずが最も雄弁な印になる——鞄一つの値段の中に、このメゾンが抱え続けてきた矛盾がそのまま畳み込まれている。

同じ形の鞄が10倍違う。その差額は、革と手間の合計を、いつも少しだけ超えてしまう。

1万ドルと10万ドルの差額が革と手間の合計を少しだけ超えてしまうこと、その上澄みがロゴを消したことで生まれた消せない記号であることを理解させる

FAQ

バーキンとケリーはどう違うのですか

どちらもエルメスを代表する鞄ですが、成り立ちが違います。ケリーは1930年代にロベール・デュマが設計し、1956年にグレース・ケリーの名で呼ばれるようになりました。台形の輪郭、脇のマチ、六角形の金具、ターンロックの留め金が特徴です。バーキンは1984年、ジェーン・バーキンに献じて作られました。いずれも、道具として生まれた鞄が後から人の名を帯びた、という共通の物語を持っています。

手縫い(鞍縫い)は鞄全体に使われているのですか

いいえ。エルメスの説明では、鞍縫い(クチュール・セリエ)が使われるのは一つの鞄の1割を超えません。二本の針と蜜蝋を引いた一本の麻糸を往復させるこの技法は、強度が必要な箇所と、意匠として縫い目を見せたい箇所に限って用いられます。鞄の大半は別の技法で仕立てられます。

ロゴがないのに、なぜステータスの象徴になったのですか

エルメスは大きなロゴを掲げません。マルタン・マルジェラは在任中、糸で目立たない「H」を描く六つ穴ボタンを作るなど、誇示せずに帰属を示す手法を持ち込みました。ケリーやバーキンは、ロゴではなく形そのものが署名として機能します。結果として、ロゴを消したことがかえって「わかる人にはわかる」強い記号を生み、鞄自体が最も雄弁な印になりました。

関連記事