【Givenchy|マシュー・M・ウィリアムズ期】ストリート出身のアメリカ人が任された、わずか3年の実験

2026.10.09 Givenchy 編集部
ストリートの金具と貴族の端正という、二つの相反する系譜の交点にウィリアムズが置かれた宙吊りの立ち位置を理解させる

2020年に就任し、2024年初頭に退いた——マシュー・M・ウィリアムズ(Matthew M. Williams)のジバンシィ(Givenchy)での在任は、約3年で幕を閉じた。
金具とバックルを出自とするアメリカ人が、貴族の端正を核にすえた老舗に招かれた。
この一見ちぐはぐな組み合わせが何を引き継ぎ、何を変えようとして、なぜ短命に終わったのか。
先に言ってしまえば、これは失敗の記録というより、継承のねじれが最後まで解けなかった記録である。

ストリートの系譜に連なる就任——ただし、後任としては端正の側から数えられた

ウィリアムズの就任は、二つの異なる系譜の交点に置かれていた。

ひとつは、リカルド・ティッシ(Riccardo Tisci)が2005年から2017年にかけて持ち込んだ、ゴシックとストリート、アーバンな男性性の系譜である。
ティッシは2011年秋冬にロットワイラー(Rottweiler)のプリントを投入し、それをボーイスカウトの本から着想したと言われる。
2017年春夏では白い輪郭で描き直した。
老舗の名の下でストリートウェアの要素が堂々と売れる——その地ならしは、確かにこのメゾンで起きていた。

ウィリアムズの背景はこの系譜によく似合う。
金具、バックル、ハードウェア。
身体を留め、締め、連結する金物の感触こそ、彼のデザインの核だった。
ティッシの延長線上に彼を置けば、人選は筋が通って見える。

ただ、彼が直接引き継いだ相手は、ティッシではない。

間に一人、クレア・ワイト・ケラー(Clare Waight Keller)が挟まっている。
2017年から2020年まで創造を預かった彼女は、むしろ創業者の端正へと針を戻した人物だった。
つまりウィリアムズは、ストリートの系譜に連なる才能として迎えられながら、端正の側に振れた在任のあとを受けた。
この継承のねじれが、彼の立ち位置を最初から曖昧にする。

彼は何の後継者だったのか。
ティッシか、ワイト・ケラーか。
それとも、1952年に24歳でメゾンを構えたユベール・ド・ジバンシィ(Hubert de Givenchy)その人か。

金具という出自と、引き算という家訓

ジバンシィのDNAは、足し算ではなく引き算にある。

創業者は貴族の家に生まれ、ジャック・ファット(Jacques Fath)、リュシアン・ルロン(Lucien Lelong)、そしてエルザ・スキャパレリ(Elsa Schiaparelli)のもとで修業を積んだのち、1952年に独立した。
処女コレクションは「レ・セパラブル(Les Séparables)」。
生成りのコットンで仕立てた、ふわりとしたスカートと膨らんだブラウス。
モデルのベッティナ・グラツィアーニ(Bettina Graziani)の名を冠した「ベッティナ・ブラウス」が含まれていた。

彼の美学の核は、構築的な造形観にあった。
師と仰いだクリストバル・バレンシアガ(Cristóbal Balenciaga)から受け継いだ、線とシルエットの経済。
足すのではなく、削る。
相手を引き立てることで、自らの格を示す。

ここに、ウィリアムズの金具を置いてみる。

バックルもハードウェアも、本質的には「留める」ための足し算の装置である。
身体に何かを付加し、連結し、音を立てる。
引き算の家訓とは、方向がまるで逆を向いている。
もちろん、金具を極限まで削ぎ、構造の要として一点に凝縮すれば、それは引き算の論理にも接続しうる。
実際、彼のコレクションにはそうした禁欲的な試みも見られた。

問題は、その接続が老舗の物語として読まれたかどうかだ。

引き算の美学(削ぎ落とされた線)と足し算の金具(留める装置)という、方向が逆を向く二つの論理の衝突を理解させる

『ティファニーで朝食を』の黒——再現できない核

ジバンシィという名が担う最大の資産は、服でも金具でもない。
一人の女優との、40年にわたる関係である。

創業者は1953年にオードリー・ヘプバーン(Audrey Hepburn)と出会い、彼女を生涯のミューズとした。
『麗しのサブリナ』(Sabrina, 1954)、『パリの恋人』(Funny Face, 1957)、『ティファニーで朝食を』(Breakfast at Tiffany’s, 1961)、『シャレード』(Charade, 1963)。
スクリーンの衣裳を手がけ、なかでも『ティファニーで朝食を』の黒いドレスは、20世紀の女性像そのものの記号になった。

1957年の香水「L’Interdit」は、彼女に捧げられた。
ヘプバーンは、香水の広告に起用された最初のセレブリティだったとされる。
デザイナーとミューズと映画と香水——これらを一本の糸で結ぶ近代的なブランド神話の型を、ジバンシィは最初期につくった。

ここに、このメゾンの宿命的な矛盾がある。

創業者はエレガンスの民主化を掲げた。
1954年、高級既製服「Givenchy Université」を打ち出し(1956年とする記録もある)、クチュールを一点物の特権に閉じ込める戦後モードの常識に抗った。
クチュールの格を保ったまま、服を外へ開こうとした。

だが、その美の核心は、貴族的な出自と、一人の特別な女優という、きわめて再現不能な関係に依存していた。
エレガンスは特権か、デザインか。
ジバンシィはこの問いを、民主化の旗を掲げながら、その中心に特権を抱えたまま、問い続けてきた。

後任たちは、この解けない矛盾を毎回引き受ける。

一人の女優との40年の関係という再現不能な核が、このメゾンの最大の資産であり同時に矛盾であることを理解させる

不在の核を、歴代はどう埋めてきたか

創業者引退後のジバンシィは、端正とは正反対の顔を次々にまとってきた。

  • ジョン・ガリアーノ(John Galliano、1995–1996)——短い在任ののちクリスチャン・ディオールへ。
  • アレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen、1996–2001)——27歳で就任。自らの名のレーベルを抱えながら、18ものコレクションをこのメゾンのために手がけたとされる。
  • ジュリアン・マクドナルド(Julien Macdonald、2001–2004)。
  • リカルド・ティッシ(2005–2017)——ゴシックとストリートを持ち込んだ。
  • クレア・ワイト・ケラー(2017–2020)——端正へ針を戻した二人目の女性。

この顔ぶれを並べて見えてくるのは、どの才能も創業者の端正を素直には継がなかった、という事実である。
マックイーンのドラマ性、ティッシのストリート。
いずれも端正との断絶の上に立つ。
不在の核を、各人が自分の美学で塗り替えてきた。

ウィリアムズの金具も、その塗り替えの系譜のなかにある。
断絶それ自体は、このメゾンの伝統と言ってもいい。

では、なぜ彼の塗り替えだけが3年で終わったのか。

創業者という不在の核を、歴代デザイナーがそれぞれ自分の美学で塗り替えてきた継承の系譜を理解させる

わずか3年——幕引きは淡々と訪れた

2024年初頭、ウィリアムズはジバンシィを退いた。
3年の在任だった。

退任の時期には記録の揺れがある。
「2024年の初め」とも、最後のショーが「2023年12月」とも伝えられる。
確かなのは、彼の手による最後のコレクションが、2023年12月に発表されたプレフォール2024だったこと。
そして、それに続く2024年秋冬コレクションが、創造の後継者ではなく、メゾンのスタジオチームによって作られたことだ。

後任は決まっていなかった。
あるいは、間に合わなかった。
空席の期間を、社内のチームが埋めた。
この幕引きには、華やかな最終ショーも、惜別の大作もない。
ただ静かに、担い手が組織へ引き渡された。

そして2024年、ジバンシィは新たな創造の担い手を迎える。
サラ・バートン(Sarah Burton)。
アレキサンダー・マックイーンで13年間、創造を率いた人物である。

ここに、継承のねじれがもう一度顔を出す。

バートンはマックイーン出身——つまり、かつてジバンシィを率いたマックイーンの系譜を、巡り巡ってこのメゾンへ連れ戻す人選である。
会長シドニー・トレダノ(Sidney Toledano)もCEOアレッサンドロ・ヴァレンティ(Alessandro Valenti)も、この起用に言葉を寄せた。
彼女は2025年3月に最初のコレクションを披露する予定だ。
ジバンシィ史上二人目の、女性の創造の担い手となる。

退任の記録が揺れ、後任の着任年も2024年とも2025年とも書かれる。
この時期特有の、どこか宙吊りの曖昧さ。
ウィリアムズ期の終わりは、就任のときと同じく、きれいには数えきれない。

では、3年は失敗だったのか

ここまでの話を「ストリート出身者に端正な老舗は無理だった」と読まれると、それは違う。

断絶はこのメゾンの常態である。
マックイーンもティッシも端正を継がなかった。
その意味で、金具のアメリカ人が招かれたこと自体は、歴史の論理に反していない。

ウィリアムズに欠けていたのは、才能ではなく、継承の文脈だったのかもしれない。
彼はティッシの延長として選ばれ、ワイト・ケラーの後任として置かれた。
ストリートの系譜に連なりながら、端正の側から数えられる。
この二重の宙吊りが、彼の3年を最後まで定義しきれなかった。

誰のエレガンスか——創業者が不在の核として残したこの問いに、ウィリアムズも答えようとした一人である。
金具という、最も彼らしい言葉で。

『ティファニーで朝食を』の黒いドレスは、いまも20世紀の記憶に焼きついている。
あの一着が担っていたのは、貴族の端正と、一人の女優と、再現できない40年だった。
それに続く者は皆、再現できないものの後任を務める。
ウィリアムズの3年は、その不可能な役割を、金具の重さで引き受けようとした短い実験だった。
答えが出たとは言わない。
ただ、次にこの問いを受け取ったのが、マックイーンの系譜から来た人物だったことには、どこか因縁めいたものがある。

FAQ

マシュー・M・ウィリアムズはジバンシィで何年間、創造を担ったのか?

2020年に就任し、2024年初頭に退任。
約3年である。
最後のコレクションは2023年12月発表のプレフォール2024で、続く2024年秋冬はメゾンのスタジオチームが手がけた。

なぜ金具を核とするデザイナーが、端正を旨とするジバンシィに招かれたのか?

直接にはリカルド・ティッシが持ち込んだストリート/アーバンの系譜の延長に位置づけられる人選だった。
ただし彼が引き継いだのは、端正へ針を戻したクレア・ワイト・ケラーの後任という立場であり、この継承のねじれが最後まで解けなかった。

後任は誰か?

サラ・バートン。
アレキサンダー・マックイーンで13年間、創造を率いた人物で、2024年に起用が発表された(2025年とする記録もある)。
最初のコレクションは2025年3月に披露される予定。
ジバンシィ史上二人目の女性の担い手となる。

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