【Givenchy|サラ・バートン期】McQueenを13年率いた女が、創業者の端正さに戻れるか

2026.10.05 Givenchy 編集部
創業者の端正なエレガンスと、呼び寄せられたゴシックの系譜という二つの血が一枚に同居する——Givenchyの矛盾そのものを冒頭で掴ませる

結論から言う。
2024年にジバンシィ(Givenchy)が選んだのは、創業者の血ではなく、創業者と最も遠い血だった。
サラ・バートン(Sarah Burton)——アレクサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)を13年率いた人物である。
端正へ戻すための人選に見えて、呼び寄せたのはゴシックの系譜だった。
この矛盾こそが、このメゾンの核心に触れている。

彼女の最初のコレクションは2025年3月に控える。
まだ誰も、その服を見ていない。
だから本稿で確かめたいのは、服そのものではなく、なぜこの人だったのか、という問いのほうだ。

空白のあとに来た人選だから、意味が重い

まず押さえるべきは、バートンが「空席を埋めに来た」のではないということだ。
前任のマシュー・ウィリアムズ(Matthew M. Williams)は3年で退いた。
2023年12月に発表されたプレフォール2024が最後のショーで、2024年の秋冬コレクションはメゾンのスタジオ・チームが手がけた。
つまり、作家の署名が一度消えた季節がある。

その空白のあとに、LVMHが選んだのがバートンだった。
会長のシドニー・トレダノ(Sidney Toledano)もCEOのアレッサンドロ・ヴァレンティ(Alessandro Valenti)も、就任に際してコメントを出している。
空白を一季節許容してでも、人を選び直したかった——そう読める人事だ。

では、何を選び直したかったのか。

作家の署名が一度消えた空白の季節があり、その空席を埋めるのではなく人を選び直したという人事の重みを理解させる

バートンは「創業者の直系」ではなく「マックイーンの直系」である

ここで系譜を正確に引いておきたい。
ジバンシィの歴代クリエイティブ・ディレクターは、創業者ユベール・ド・ジバンシィ(Hubert de Givenchy、1952–1995)に始まり、ジョン・ガリアーノ(John Galliano)、アレクサンダー・マックイーン、ジュリアン・マクドナルド(Julien Macdonald)、リカルド・ティッシ(Riccardo Tisci)、クレア・ワイト・ケラー(Clare Waight Keller)、マシュー・ウィリアムズと続く。
バートンは8人目にあたる。

そして彼女の出自は、この系譜の3代目——マックイーンに直結している。

バートンは1996年にアレクサンダー・マックイーンに加わった。
セントラル・セント・マーチンズ(Central Saint Martins)を卒業したのが1997年だから、学生の終わりにはもう現場にいた計算になる。
長く裏方を務め、2010年から13年間、2023年までマックイーンのクリエイティブ・ディレクターを担った。
2011年にはキャサリン妃のウェディングドレスを手がけ、2012年には英国のファッション産業への貢献でOBEを受けている。

重要なのは、彼女がマックイーンに入った1996年という年だ。
奇しくも、その同じ年にマックイーン本人がジバンシィのクリエイティブ・ディレクターに就いている。
27歳での就任だった。

つまりバートンは、マックイーンがジバンシィを率いたまさにその時期に、マックイーンのもとで働き始めた人である。
ジバンシィにとって彼女は、創業者の孫弟子ではない。
マックイーンの、直系の後継者なのだ。

バートンが創業者の孫弟子ではなくMcQueenの直系後継者であるという系譜の分岐を、血筋の図として理解させる

その血筋は、創業者の端正さとは対極にある

ここで立ち止まる必要がある。
マックイーンの血筋とは、何を意味するのか。

ユベール・ド・ジバンシィが体現したものを、思い出しておきたい。
ボーヴェ生まれの貴族の青年が、1952年、24歳でパリにメゾンを構えた。
最初のコレクションは「Les Séparables」。
生成りのコットンのふわりとしたスカートとブラウス。
モデルのベッティナ・グラツィアーニ(Bettina Graziani)の名を冠した「ベッティナ・ブラウス」。
そこにあったのは、引き算の線だった。

彼の美学の核には、クリストバル・バレンシアガ(Cristóbal Balenciaga)から受け継いだ構築的な造形観があり、何よりオードリー・ヘプバーン(Audrey Hepburn)との40年があった。
『麗しのサブリナ』『ティファニーで朝食を』——あの黒いドレス。
寡黙で、相手を引き立てることで自らの格を示すタイプの作家。
それがジバンシィの端正さである。

マックイーンは、その真逆だ。

マックイーンのジバンシィでの最初のコレクションは、1997年春夏オートクチュール「The Golden Fleece」だった。
自身のレーベルを並行して走らせながら、ジバンシィで18のコレクションを生んだと言われる。
その作風は、劇場的で、暴力的で、崇高で——貴族の引き算とは何もかもが違っていた。

この断絶は、マックイーン一人の個性にとどまらない。
彼のあとを継いだティッシもまた、ゴシックを掘り下げ、ストリートと都市的な男性性をジバンシィに持ち込んだ。
2011年秋冬のロットワイラー・プリントを覚えている人は多いだろう。
ボーイスカウトの本から着想したと伝えられる、あの犬の図像。
それは創業者の香水「L’Interdit」とは、同じメゾンの産物とは思えないほど遠い。

創業者が引退した1995年以降、ジバンシィはずっと、自らの端正さと断絶した顔を持ち続けてきた。

創業者の引き算の端正さと、McQueenの劇場的で崇高な作風が真逆であるという断絶を対比で理解させる

では、なぜまた「端正でない血」を選んだのか

当然の反問がある。
端正さに戻したいなら、なぜ端正でない血筋を呼んだのか。

「マックイーン出身者を迎えたのだから、ジバンシィはゴシックに傾く」——そう読まれると、それは早計だと思う。
見るべきは、バートンがマックイーンで最後にやっていたことのほうだ。

マックイーン本人は劇場の人だった。
だが、その劇場を13年引き継いだバートンは、ショックそのものを継いだのではない。
彼女が13年かけて示したのは、マックイーンの構築性を、着られる服へと翻訳する仕事だった。
2011年のあのウェディングドレス——王室の、最も保守的な場に供された一着——が象徴している。
劇場の技術で、端正な場に応える。
それができる人だ。

ここに、ジバンシィの人選の論理が見えてくる。

このメゾンが創業以来ずっと抱えてきた問いがある。
気品とは生まれや格式に属するものなのか、それとも衣服によってまとえる佇まいなのか。
エレガンスは特権か、デザインか。
創業者は1954年、高級既製服「Givenchy Université」を打ち出し、クチュールの格を保ったまま服を外へ開こうとした。
クチュールを一点物の特権に閉じ込める、戦後モードの常識に抗って。

だがその美の核心は、貴族的出自と、オードリー・ヘプバーンという再現不能な一人の女優に依存していた。
民主化を掲げながら、美の源泉はきわめて特権的だった——これがジバンシィの、埋められない矛盾である。

バートンは、その矛盾のちょうど真ん中に立てる作家なのかもしれない。
構築の技術という「デザイン」の側から、端正という「格式」の価値に手を伸ばせる。
生まれではなく、仕立てで気品に届こうとする——それは創業者が1954年に賭けたことと、形を変えて同じだ。

試されるのは、翻訳が効くかどうか

もっとも、これはまだ見立てにすぎない。

バートンがマックイーンで成し遂げた翻訳は、あくまでマックイーンの言語の内側での翻訳だった。
ジバンシィの端正さは、別の言語である。
引き算の線、寡黙な造形、相手を引き立てる服。
劇場の構築性を、この静けさへどう着地させるのか。
それは2025年3月まで、誰にもわからない。

答えの一部は、たぶん最初のコレクションの「音量」に出る。
マックイーン的な劇場性をどれだけ鳴らすか、どれだけ引くか。
引きすぎれば創業者の模倣になり、鳴らしすぎればジバンシィがまたマックイーンの分家になる。
その針の振れ幅に、彼女がこのメゾンをどう読んだかが表れるはずだ。

ジバンシィの8人の作家は、全員が「誰のエレガンスか」という一つの問いに、それぞれの答えを出してきた。
ガリアーノの答え、マックイーンの答え、ティッシの答え。
どれも創業者の不在という核を囲んで回っていた。

不在の核を、もう一度

話を最初に戻す。
ジバンシィが選んだのは、創業者と最も遠い血だった。
端正へ戻すために、端正でない系譜を呼んだ。
この一見した矛盾は、しかしこのメゾンそのものの矛盾と、きれいに重なっている。

生まれで気品を持っていた創業者。
その不在のあとで、気品を「作る」ことができるか——これが、1995年以降のジバンシィがずっと問われてきたことだ。
バートンは、構築の技術でそれに答えようとする、最も適した候補に見える。
見えるだけだ。

24歳の貴族の青年が仕立てた、あの黒いドレス。
それに匹敵する「誰かのためのエレガンス」を、生まれの力を借りずに作れるか。
2025年3月、13年間劇場を率いた女が、最初の一着で答える。

FAQ

サラ・バートンはいつジバンシィのクリエイティブ・ディレクターに就任しましたか?

2024年に就任が発表されました(資料により2025年就任との表記もあります)。
レディースとメンズの全コレクションのクリエイティブ・ディレクションを担い、最初のコレクションは2025年3月に発表予定です。
前任はマシュー・ウィリアムズで、彼はジバンシィでの3年を経て2024年初頭に退任しました。

バートンはジバンシィ史上2人目の女性ディレクターですか?

はい。
クレア・ワイト・ケラー(2017–2020)に続く、ジバンシィ2人目の女性クリエイティブ・ディレクターです。

バートンとアレクサンダー・マックイーンの関係は?

バートンは1996年にアレクサンダー・マックイーンに加わり(1997年との表記もあります)、長く裏方を務めたのち、2010年から2023年まで13年間、同メゾンのクリエイティブ・ディレクターを担いました。
2011年のキャサリン妃のウェディングドレスは彼女の仕事です。
つまり彼女は、1996年にジバンシィのクリエイティブ・ディレクターでもあったマックイーンの、直系の後継者にあたります。

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