バレンシアガのあの「ダサ厚底スニーカー」トリプルS、なぜ数万円で飛ぶように売れたのか

数万円の靴が、わざと野暮ったく作られていて、それでも飛ぶように売れた。
答えを先に言えば、トリプルS(Triple S)は「ダサさ」を売ったのではない。
ダサく見えるものに高値をつけて成立させてしまう権力を売ったのだ。
それができるのがラグジュアリーだと、Balenciaga(バレンシアガ)はこの一足で証明した。
高い、しかもわざとダサい——引っかかりの正体
まず、多くの人が最初に抱く違和感から始めたい。
高級ブランドの靴といえば、普通は上品で、洗練されていて、いかにも高そうに見えるはずだ。
トリプルSは逆だった。
ぼってりと分厚い底、ごてごてと重ねたソール、鈍く膨れたシルエット。
写真で見ると、どこか安っぽくすら見える。
なのに数万円。
そして売れた。
この矛盾を「奇抜なものが一部で受けただけ」と片づけるのは早い。
トリプルSは一過性の色物では終わらず、Demna(デムナ)が「Track(トラック)」という後継のスニーカーへ火付け役の役割を引き継ぐまで、Balenciagaの顔になった。
ダサさが、メゾンの看板になったのだ。
では、なぜダサさが看板になりうるのか。
わざとらしさは、就任した男の計算だった
Demnaが2015年10月にクリエイティブディレクターに就任してから、Balenciagaの見え方は明確に変わった。
オーバーサイズのシルエット、大きく打ち出したロゴ、そして日常の景色から引きずり出してきたようなモチーフ。
トリプルSは2017年、この路線のただ中で発売されている。
ここで大事なのは、Demnaが「ダサいものをうっかり作った」のではないという点だ。
彼はアントワープ王立芸術学院を首席で卒業し、自身のブランドVetements(ヴェトモン)で、すでに「ありふれたもの」を高値で売る手つきを磨いていた。
日常着の記号を高級品の文脈に置き換える——その実験の場が、Balenciagaという歴史あるメゾンに移された。
つまりトリプルSの野暮ったさは、洗練の失敗ではない。
洗練を拒否するという、意図された態度だ。
たしかに、ぱっと見はふざけて見える。
しかし、ここで見たいのは靴のかたちそのものではない。
誰が、どの看板の下で、それを出したかのほうだ。

「わざとダサい」が成立する条件——後ろ盾の話
わざとダサいものを高く売る。
これは誰にでもできる芸当ではない。
ここに、Balenciagaという名前の重みが効いてくる。
このメゾンの創業者、Cristóbal Balenciaga(クリストバル・バレンシアガ)は、Christian Dior(クリスチャン・ディオール)やHubert de Givenchy(ユベール・ド・ジバンシィ)から畏敬された職人だった。
鉛筆を一本も握らず、生地と鋏だけで彫刻のような服を生んだと語り継がれる、寡黙な求道者。
そのアトリエからは、Givenchy、André Courrèges(アンドレ・クレージュ)、Oscar de la Renta(オスカー・デ・ラ・レンタ)ら、後のクチュリエが巣立った。
この蓄積が、効く。
無名のブランドが分厚いスニーカーを数万円で出しても、ただの高いだけの変な靴で終わる。
だが「クチュリエの中のクチュリエ」と呼ばれた名前が同じことをやると、意味が反転する。
「あのBalenciagaが、あえてこれを出した」——その一文が、野暮ったさを批評に変える。
ダサさが、教養に見えてくる。
歴史の権威が、悪ふざけの担保になっている。
これが、後ろ盾の話だ。

「ダサい」の中身は、実は二段構えになっている
もう少し踏み込みたい。
トリプルSが飛ぶように売れた理由を、「話題性」の一語で片づけると、肝心なところを取りこぼす。
この靴の魅力は、二つの欲望を同時に満たしていた。
- ひとつは、分かる人にしか分からない反転の快楽。ダサく見えるものを、意図と歴史ごと理解して履くという、内輪の知的なゲーム。
- もうひとつは、誰の目にも高そうに見えない、という逆説的な高級感。ロゴや上品さでマウントを取る古い作法から、あえて降りてみせる姿勢。
前者は、Vetements以来のDemnaの実験を知る層に効いた。
日常の記号を高値で買い戻す遊びの続きとして、この靴は迎えられた。
後者は、もっと広い層に届いた。
ぱっと見で高級品と分からないこと自体が、成金的なわかりやすさへの距離になったからだ。
分厚い底は、その距離を目に見えるかたちにしていた。
Balenciagaはもともと、伝統的なラグジュアリーとストリートを融合させたブランドとして知られてきた。
トリプルSは、その融合を靴一足に凝縮した装置だったと言っていい。

沈黙のメゾンが、最も騒がしいメゾンになった
ここで、少し引いて眺めたい。
トリプルSの成功は、Balenciagaというメゾンの歴史からすると、深い皮肉をはらんでいる。
創業者は、取材を嫌い、人前に出ず、指先と生地だけで世界と対話した人だった。
彼の美学は、沈黙であり禁欲だった。
装飾を削ぎ、身体と衣服のあいだに空気を通わせる、静かな造形。
1957年の「Sack」ドレスにせよ、直線的で端正な戦後のライン群にせよ、そこにあるのは声高な自己主張の対極だった。
そのメゾンが、いまや最も騒がしいラグジュアリーになった。
オーバーサイズ、巨大なロゴ、そして分厚いスニーカー。
沈黙を掲げた職人の名の下で、饒舌で挑発的な靴が売れていく。
これを「創業者の理想の裏切り」と読むこともできる。
ただ、話はそう単純でもない。
Balenciagaは、創業者の引退(1968年)と五月革命を境に一度は沈黙し、香水として名前だけを生き延びさせた過去を持つ。
その後、Nicolas Ghesquière(ニコラ・ジェスキエール)、Alexander Wang(アレキサンダー・ワン)、Demna、そして2025年就任のPierpaolo Piccioli(ピエルパオロ・ピッチョーリ)へと、クリエイティブディレクターが替わるたびに「Balenciagaとは何か」を問い直してきた。
自己を書き換え続けることこそが、このメゾンの体質なのだ。
だとすれば、Demnaの騒がしさもまた、裏切りではなく更新の一形態だったのかもしれない。
沈黙の職人が生地に語らせたように、Demnaは時代の喧噪そのものを素材として拾い上げた。
語らせる相手が、生地から時代へ移っただけ、とも言える。
ここは、まだ言い切れない。
断定は避けておく。
それで、数字はどうだったのか
「話題になった」だけでは、売れた証拠にはならない。
ここで数字に戻りたい。
Keringの見積もりによれば、2025年のBalenciagaの年間売上高は17.6億ドルにのぼる。
もちろんこの数字はトリプルS一足の成果ではない。
だが、Demna就任以降のスニーカー路線が、このメゾンを「服を美術館的教養の対象へ引き上げる」老舗から、ストリートの購買力を巻き込む現代ブランドへと押し広げたことは疑いようがない。
トリプルSとTrackが、Balenciagaを若い層の視野に入れた。
10代には高価格が壁になるとはいえ、20代から40代の中心層に、このメゾンは深く食い込んでいった。
かつてGhesquièreの「Classic City Bag」が日本で大流行したように、Demnaのスニーカーは、ラグジュアリーとストリートの境界を溶かす次の装置になった。
わざとダサい靴が、老舗の売上を支える一角になる。
冒頭の引っかかりへの答えは、ここで一周する。
結び——分厚い底が担保していたもの
数万円の、わざとダサい靴。
それがなぜ飛ぶように売れたのか。
答えは、靴のかたちの中にはなかった。
トリプルSが売っていたのは、野暮ったさそのものではなく、「クチュリエの中のクチュリエ」の名前が、あえて野暮ったさを選んだ」という一文の価値だった。
歴史の権威が悪ふざけを担保し、悪ふざけが歴史を現代につなぎ直す。
分厚い底は、その取引を目に見えるかたちにした証文のようなものだった。
沈黙を極めた職人のメゾンが、最も騒がしい靴で蘇る。
この反転を、創業者が草葉の陰でどう見ているか——それだけは、鉛筆を握らなかった人だけに、たぶん分からないままでいい。
FAQ
トリプルSは本当に「わざと」ダサく作られたのですか
Demnaは日常的でありふれたもの、洗練を拒否する要素を高級品の文脈に持ち込む手法で知られており、オーバーサイズやロゴの強調もその路線の一部です。
分厚く膨れたシルエットは、洗練の失敗ではなく意図された態度と読むのが妥当です。
ただし「ダサさ」自体は主観であり、当初から批評的な狙いとして受け止めた層と、単に奇抜と見た層の両方が存在しました。
なぜ無名ブランドでは同じことができないのですか
Balenciagaには、Christian DiorやHubert de Givenchyから畏敬された創業者の蓄積があります。
この名前があるからこそ、野暮ったいものを出しても「あえて」という批評として受け取られます。
歴史の権威が、悪ふざけの担保として機能しているのです。
創業者の美学とDemnaの路線は矛盾していませんか
表面的には矛盾します。
創業者は沈黙と禁欲の造形を追った職人で、現在のBalenciagaはロゴとストリートの喧噪で知られます。
ただしこのメゾンは、クリエイティブディレクターの交代ごとに「Balenciagaとは何か」を問い直してきた歴史を持ちます。
Demnaの騒がしさも、その自己更新の一形態と見ることができます。



