【メゾン マルジェラ|ジョン・ガリアーノ期】沈黙のメゾンに、劇場を持ち込んだ10年(2014–2024)

2026.11.08 Maison Margiela 編集部

顔を消すために作られたメゾンが、顔を持つ作家に託された。
この一点に、ジョン・ガリアーノ(John Galliano)期の10年は要約できる。
本稿の結論を先に置けば——ガリアーノはマルジェラ(Maison Margiela)の土台、すなわち脱構築・匿名・アルティザナル(Artisanal)をほとんど捨てていない。
捨てなかったからこそ、彼が持ち込んだ「劇場」は、創業者マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)の沈黙と正面から食い違う。
その矛盾こそが、この10年のいちばん面白い部分だ。

まず、引き継いだものから見ていく。

匿名のメゾンは、拾われたものから始まった

マルジェラという思想は、最初から「作者を消す」ことに賭けていた。

1988年、パリ。
ベルギー人のマルタン・マルジェラと、小売の実務家ジェニー・メイレンス(Jenny Meirens)が、カフェ・ド・ラ・ギャルで無名のデビューを飾る。
翌1989年秋、郊外の荒れた遊び場でショーを開く。
そこで発表されたアルティザナルの最初の一着は、見つけた割れた陶器の破片で縫い上げたベストだった。

拾われたものから、一点物を起こす。
この一文が、のちに「Artisanal」と呼ばれる手法の核になる。

マルジェラ本人は、徹底して姿を見せなかった。
対面インタビューを断り、写真に写らず、ショーのあとに一礼もしない。
服自体に語らせる——個人の崇拝ではなく、意味の芸術としてのファッション。
その態度は、デザイナーを神格化するスター・システムへの、静かな、しかし執拗な反論だった。

反論の道具は、縫い代と裏地だった。
構造を表に返し、完成品を疑う。
日本の足袋から着想したタビ(Tabi)ブーツは、西洋の足の形すら自明ではないと示した。
1922年に石橋兄弟(徳次郎・正二郎)が広めた地下足袋という他文化の身体技法を、パリのランウェイに引き上げた。
第二次大戦でリサイクルされたナイロンのパラシュートや、シャンパンのキャップやワイヤー——拾得物が、一点物の素材になった。

2012年、オートクチュール組合の公式メンバーに加わる。
顔を消したメゾンが、顔の芸術とされるクチュールの最高位に並んだ。
この時点で、すでに小さな逆説が仕込まれていたのかもしれない。

そして創業者は去る。
正確な日付は、いまも公にされていない。
顔を見せなかった人が、去り際まで顔を見せなかった、と言えばそれらしいが、記録が無いだけの話かもしれない。
ともかく、匿名を貫いた者が抜けた椅子に、2014年、誰よりも華やかな作家が座った。

ガリアーノは何を変えなかったか——2015年、ロンドンの再起動

意外に思われるかもしれないが、ガリアーノが最初にしたのは「変えないこと」だった。

2015年1月12日、ロンドン。
ガリアーノ就任後、最初のアルティザナルが発表される。
舞台はパリでもミラノでもない。
そして同じ2015年、ブランド名が「Maison Martin Margiela」から「Maison Margiela」へと変わった。

創業者の名が、名前から消えた。

これは象徴的だ。
マルジェラという人の名を外し、メゾンの名として残す。
固有名詞を、匿名の記号へ畳み直す操作である。
創業者の匿名思想を、よりによって彼自身の名を消すことで継いだ——と読めば美しい。
ただ、同じ操作は「創業者から切り離して、別の作家が自由に使える器にした」とも読める。
どちらが正しいのかは、まだ保留にしておきたい。

ガリアーノは、アルティザナルという枠組みを捨てなかった。
拾われた素材、一点物、手仕事。
この土俵の上で、彼は彼にしかできないことを始める。
それが「劇場」だった。

劇場が持ち込まれた——Glam Slam から Cinema Inferno へ

ここから、ガリアーノの署名がはっきり見えてくる。

2018年春夏、グラムスラム(Glam Slam)バッグが登場する。
着想は「急いで着飾る」こと、旅にまつわる「無意識の魅力」。
慌ただしさや無頓着さという、本来なら隠したい状態を、モチーフとして表に出す。
マルジェラ的な「不完全への肯定」の系譜に、ガリアーノは物語の匂いを足した。

その物語性が全開になったのが、2022年のアルティザナル「シネマ・インフェルノ(Cinema Inferno)」だ。
パレ・ド・シャイヨーで上演された、映画とファッションを融合するライブシアター。
「Count and Hen」というサザンゴシックの筋立てを通して、権力の濫用を描いた。

ランウェイが、物語の上演になった。

創業者が一礼すら拒んだ舞台で、ガリアーノは物語を語り、役者を歩かせ、権力という主題を掲げる。
沈黙のメゾンに、台詞と筋書きが持ち込まれたのである。

翌2023年のコーエド(Co-Ed)は、その物語を引き継いだ。
「Count and Hen」の出産から着想し、パンクなロマンスを主題に据える。
ここでペンドルトン(Pendleton)、そしてジェントルモンスター(Gentle Monster)とのコラボレーションが入る。
拾得物から一点物を起こしたメゾンが、既存ブランドとの協業という、別種の「他者の物」を取り込んだ。

同じコーエドで、新しい裁断「ロールシャッハ・カッティング(Rorschach cutting)」が導入される。
左右対称のインクの染みのように服を扱う発想は、マルジェラ的な構造の解体と、ガリアーノ的な見立ての演劇性が交差した地点に見える。
「Appropriate the Inappropriate(不適切なものを我がものに)」「Dressing in Haste(急いで着る)」といった主題名も、思えばグラムスラムの「急いで着飾る」と地続きだ。

脱構築は残った。
拾得物の精神も残った。
残したまま、ガリアーノはそこに台詞と役者と照明を足していった。

バイラルという名の、顔

2024年1月、ガリアーノ期のアルティザナルは、最も広く語られる一作に行き着く。

パット・マクグラス(Pat McGrath)によるガラスのようなメイクアップ。
SNSで爆発的に拡散され、コレクション全体がバイラルになった。
半透明で硬質な、肌とも陶器ともつかない質感。
割れた陶器の破片から始まったメゾンが、人の顔そのものを陶のように仕立てた——と言えば出来すぎだが、素材を拾い、再発明するという態度の射程に、人体の表面までが入ったのは確かだ。

ここで立ち止まりたい。
拡散したのは、服の構造ではなく、顔だった。

匿名を信条としたメゾンが、顔のメイクアップで世界に知られる。
この皮肉は、ガリアーノ期の商業的成功と無関係ではない。
彼のクリエイティブのもと、マルジェラは2022年に売上24%増、2023年に23%増を記録した。
二年続けての二桁成長である。

数字は、劇場が機能したことを示している。

経営体制も整っていく。
2023年、ガエターノ・シウト(Gaetano Sciuto)が7月17日付でCEOに就任。
同年、OTBを率いるレンツォ・ロッソ(Renzo Rosso)の息子ステファノ・ロッソ(Stefano Rosso)が会長に就く。
2002年にOTBがマルジェラを買収して以来の資本の論理が、作家の華やかさと噛み合って、数字を押し上げた。

では、これは成功譚なのか。
半分はそうだ。
残り半分を、最後に見る。

顔を消す思想が、顔を売る仕組みに回収されるとき

ここまでの話を「ガリアーノが商業的に成功させた、めでたい」と読まれると、それは少し違う。
成功の中身こそが、創業者の思想と緊張しているからだ。

2024年12月、ガリアーノは10年の在任を終え、メゾンを去ると自ら発表した。
顔を見せなかった創業者と対照的に、退任すら本人の声で語られた。
後任はグレン・マルタンス(Glenn Martens)。
一部の報道では2025年1月からの就任とされる。
沈黙の創業者から、物語の作家へ、そして次の作家へ——作家性のバトンが、はっきりと渡されていく。

そして2025年秋プレコレクション。
マルジェラは、マイリー・サイラス(Miley Cyrus)を初のセレブリティアンバサダーに起用した。
メゾンにとって異例の一手である。

顔を消すメゾンが、売れる顔を迎えた。

さらに踏み込めば、その2025年秋冬キャンペーンで、サイラスの体は白く塗られた。
1989年の「ビアンケット(bianchetto)」——白塗りの技法を思わせる演出である。
創業期の匿名の美学が、著名人の身体の上で引用される。

ここに、ガリアーノ期が残した最大の逆説が畳み込まれている。
匿名という思想が、「語られるべきブランド資産」へと転化していくのだ。
顔を消すという行為そのものが、顔を売るためのスタイルとして流用される。
消去が、署名になる。

もっとも、当時それを裏切りと見た者がどれほどいたかは分からない。
二桁成長を支持と読むなら、多くの人はこの転化を歓迎した、ということになる。
だが、服自体に語らせたかった創業者の立場から見れば、服より先に顔とメイクと著名人が語り始めた10年だった、とも言える。
どちらの評価も、まだ定まっていない。

冒頭の保留に戻ろう。
「Maison Martin Margiela」から創業者の名を外したあの改称は、匿名思想の継承だったのか、それとも器の明け渡しだったのか。
10年を通して見れば、答えはおそらく両方だ。
ガリアーノは土台を継ぎ、その上に劇場を建てた。
劇場は人を集め、数字を伸ばし、ついに顔を呼び込んだ。
顔を消すために拾われた割れた陶器が、顔をガラスに変えるメイクへと行き着いたとき、継承と裏切りは同じ一本の線の上にあった。

創業者マルジェラは、いまビジュアルアーティストとして活動している。
2021年にパリで初個展を開き、2026年には東京で大規模な個展を予定するという。
服を離れた場所で、彼はまた別の匿名を試みているのだろうか。
それは、別の記事の問いだ。

FAQ

ジョン・ガリアーノはマルジェラの何を引き継ぎ、何を変えたのですか?

引き継いだのは、脱構築、匿名性、そして拾得物から一点物を起こすアルティザナルという土台です。
変えたのは、その上に演劇性と物語を持ち込んだこと。
2022年の「Cinema Inferno」のライブシアター、2023年コーエドのロールシャッハ・カッティングやコラボレーション、2024年のバイラルなガラス風メイクなどが、ガリアーノの署名にあたります。

なぜ2015年に「Maison Martin Margiela」から「Maison Margiela」へ改称したのですか?

ガリアーノ就任後、2015年にブランド名から創業者の個人名「Martin」が外れました。
創業者の匿名思想を名前のレベルで引き継いだ操作とも、創業者と切り離して器として再起動した操作とも読めます。
本稿では、その両義性こそがガリアーノ期を貫く緊張だと捉えています。

ガリアーノ退任後、マルジェラはどうなりますか?

ガリアーノは2024年12月に退任を自ら発表し、後任にはグレン・マルタンスが指名されました(一部報道では2025年1月就任)。
2025年秋プレコレクションではマイリー・サイラスを初のセレブリティアンバサダーに起用するなど、作家性と著名性をめぐる動きが続いており、匿名の思想と継承されるスター性の緊張は、資本の下で引き続き抱えられていくとみられます。

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