フェンディのバゲットとは──「It bag」という言葉を生んだバッグの正体

2026.09.30 Fendi 編集部
バゲットの名が実際のフランスパンを脇に抱える仕草に由来し、体に密着する小ささが発明だったことを理解させる

脇に抱えると、ちょうどフランス人がバゲットを小脇にはさんで歩く姿になる。
それが名前の由来だ。
1997年、シルヴィア・ヴェントゥリーニ・フェンディ(Silvia Venturini Fendi)が手がけたこの小さなバッグは、やがて「It bag」という言葉そのものを生む。
バッグが道具から欲望の対象へ、そしてコレクションの対象へと変わる転換点が、この横長の一つの型にある。

まず、それが何なのかから始めたい。

名前は、パンから来ている

バゲット(Baguette)は、脇にぴたりとおさまるように設計された横長のショルダーバッグである。
名前は、そのまま焼きたてのフランスパン、バゲットに由来する。

フランスの女性たちが長いパンを小脇に抱えて歩く。
その仕草を、シルヴィアはバッグの形に翻訳した。
短いストラップで肩から吊るのではなく、脇の下に挟み込むように持つ。
手に提げる大きなバッグとも、肩から斜めがけする実用鞄とも違う、体に密着する小ささ。
この「抱え方」こそがバゲットの発明だった。

理屈で考えれば、小さいバッグは不便である。
財布と鍵と口紅が入れば上等、というくらいの容量しかない。

ところが、その不便さが売りになった。

小ささが、なぜ武器になったのか

バゲットは中身を運ぶための道具ではなく、身につける小さな装身具として設計された。
ここが分かれ目だ。

シルヴィアがフェンディに加わったのは1992年、カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)のアシスタントとしてだった。
二年後にはアクセサリーとメンズのアーティスティック・ディレクターになる。
創業家の三代目——祖母アデーレ(Adele)が1918年にローマのヴィア・デル・プレビシート(Via del Plebiscito)に開いたレザーと毛皮の小さな工房から数えて、三代目にあたる人物である。

フェンディはもともと、毛皮のメゾンだった。
ラガーフェルドが1965年に迎えられて以来、この重い素材をどう軽くするかがメゾンの主題であり続けた。
彼が掲げた言葉が「Fun Furs」——楽しい毛皮。
格式や富の象徴としての毛皮を、遊べる素材へと引きずり下ろす。
1966年に生まれたダブルFのロゴ(通称Zucca)も、頭文字は「Fun Furs」の二つのFだった。

バゲットは、この「遊び」の精神をバッグに移し替えたものだと言っていい。

素材と装飾を無数に変え、留め金にダブルFをあしらい、刺繍や毛皮やスパンコールで表面を覆う。
バッグは中身のための入れ物ではなく、それ自体が眺めて楽しむ小さなオブジェになった。
実用を捨てた瞬間に、装飾の自由が開けたのである。

だが、この小さなオブジェを世界的な現象に変えたのは、フェンディのアトリエではなかった。

実用容量を捨てた小ささが、バッグを入れ物から眺めて楽しむ装身具へ変え、Fun Fursの遊びの精神をバッグへ移し替えたことを理解させる

テレビドラマが、バッグに言葉を与えた

バゲットが「It bag」の第一号になったのは、あるドラマの一場面を通じてだった。

『Sex and the City』の主人公キャリー・ブラッドショー(Carrie Bradshaw、演じたのはサラ・ジェシカ・パーカー)が、バゲットを抱えて画面に現れる。
強盗に「そのバッグを渡せ」と言われた彼女が、こう返す場面が広く知られている——「これはバッグじゃない、バゲットよ」。

このやりとりが何を変えたのか。

それまでバッグは、服の脇役だった。
何を着るかが主で、何を持つかは従。
ところがキャリーは、バッグに固有名で応じた。
ブランド名でも品番でもなく、「バゲット」という愛称で。
バッグが登場人物のように名前を持ち、持ち主の人格を語る存在になった。

ここで「It bag」という言葉が要る理由が出てくる。

テレビドラマの一場面を通じてバッグが固有名を持ち、持ち主の人格を語る存在になった転換を理解させる

「It bag」とは、何を名指した言葉なのか

「It bag」とは、そのシーズン誰もが欲しがり、持っているだけで語りかけてくるバッグを指す。
バゲットは、その概念そのものを事後的に定義した最初の一つとされる。

言葉が先にあって、バゲットがそれに当てはまったのではない。
バゲットのような現象を説明するために、言葉のほうが要請された。
順序が逆なのだ。

考えてみれば奇妙な事態である。
バッグの価値が、素材でも縫製でもストラップの丈夫さでもなく、「みんなが欲しがっている」という事実そのものから生まれる。
欲望が欲望を呼ぶ。
持っている人を見て欲しくなり、欲しがる人が増えるほど価値が上がる。

もっとも、この構造をフェンディが最初から計算していたと断じるのは行き過ぎだろう。
ドラマでの露出は、メゾンが完全に設計できるものではない。
だが、バリエーションを絶えず増やし続けたメゾンの手法が、この現象と噛み合ったのは確かだ。

その手法の帰結が、あの数字である。

1,000を超えるという、その数字が意味すること

バゲットはデビュー以来、1,000を超えるデザイン違いが作られたとされる。
出典によって350、600、1500とばらつきがあり、正確な総数は定まっていない。
だが桁が示すものははっきりしている。

同じ型を、素材と装飾だけ変えて延々と作り続ける。

これは通常のバッグの売り方ではない。
ふつう一つのモデルは数種の色と素材で展開され、シーズンごとに入れ替わる。
バゲットは違った。
型を固定したまま、表面を無限に変奏する。
刺繍のもの、スパンコールのもの、毛皮のもの、ロゴを敷き詰めたもの——一つひとつが少量生産の別物になる。

この瞬間、バッグは道具からコレクションの対象へと変わった。

切手やレコードのように、集める対象になる。
一つ持っていれば足りるはずのものを、人は複数欲しがる。
持っていないバリエーションが常に存在するからだ。
実用品なら「一つあれば十分」で終わる欲望が、コレクションになった途端に終わらなくなる。

バリエーションの多さは、単なる品揃えの豊かさではない。
欲望を終わらせないための構造だったと言える。

毛皮のメゾンが、アクセサリーで名を変える

ここで一度、立ち止まりたい。
バゲットの成功は、フェンディにとって手放しの祝福だったのか。

そうとも言い切れない。

フェンディは毛皮のメゾンとして生まれ、毛皮の技術革新でその名を築いた。
「Fun Furs」を掲げ、毛皮を軽やかな遊びの素材へと解放しようとしてきた。
だがその軽やかさの根は、動物由来の毛皮産業に深く結びついている。
倫理的な調達と高い環境基準への遵守を公言しても、毛皮を主役に据え続ける限り、その主張は問い直され続ける。

バゲットは、この緊張の外側にあった。

レザーの、あるいは布地の小さなバッグは、毛皮の重さも倫理的な負荷も背負わない。
遊びと軽さだけを純粋に体現できる。
皮肉なことに、毛皮メゾンの名を世界に広めたのは、毛皮ではなくアクセサリーだった。
ダブルFのロゴを内装ライニングから製品の外側へ反転させたのがラガーフェルドなら、メゾンの重心を毛皮からアクセサリーへ反転させたのが、シルヴィアのバゲットだったとも言える。

2000年、LVMHがフェンディを買収する。
家族経営の毛皮工房は、グローバルメゾンへと姿を変えた。
その変貌のただ中で、バッグがメゾンの新しい顔になっていく。

起点に、円環が閉じる

バゲットが投げかけた問いは、まだ完全には閉じていない。

バッグが物語を語り、欲望を生み、集める対象になる——この転換をフェンディは体現したが、それが職人の技芸と両立するのか、それとも技芸を装飾の口実に変えてしまったのか。
答えは一つに定まらない。
手仕事の刺繍や少量生産の丁寧さがバリエーションを支えたのは事実であり、同時にそのバリエーションが欲望の無限運動を回した装置だったのも事実だからだ。

一つだけ、円環の話をして終えたい。

フェンディの創造の頂点には、ラガーフェルドの死後、キム・ジョーンズ(Kim Jones)が立ち、そして2024年、マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)が最高クリエイティブ責任者に就いた。
彼女は1989年から1999年まで、フェンディでアクセサリーデザイナーとしてキャリアを始めた人物である。
つまり、バゲットが生まれ、「It bag」という言葉が世に出た、まさにその時期のフェンディにいた。

パンの名を借りた小さなバッグから始まった物語は、当時アクセサリーを手がけていた一人の手に、いま帰ろうとしている。
冒頭で見た、脇に抱えるあの仕草——バッグが道具であることをやめ、名前を持ち、人格を語り始めた瞬間の記憶を、次の物語はどう引き継ぐのだろうか。

FAQ

バゲットの名前は本当にフランスパンから来ているのですか

はい。
脇にぴたりと抱えて持つ形が、フランスの女性がバゲットを小脇にはさんで歩く姿を思わせることから名づけられました。
1997年にシルヴィア・ヴェントゥリーニ・フェンディが手がけています。

「It bag」という言葉はバゲットが最初なのですか

バゲットは「It bag」と呼ばれた最初期のバッグの一つとされます。
言葉が先にあったというより、『Sex and the City』を通じて広まったバゲットのような現象を説明するために、この概念が定着していったと考えるほうが実態に近いでしょう。

言葉が現象を後追いで名付け、欲望が欲望を呼ぶ構造そのものをバッグが体現したことを理解させる

バリエーションは全部でいくつあるのですか

デビュー以来1,000を超えるとされますが、出典によって350、600、1500と数字が分かれ、正確な総数は定まっていません。
桁の大きさそのものが、この型を無限に変奏し続けたメゾンの姿勢を示しています。

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