【Burberry|Riccardo Tisci期】TBモノグラムで賭けた、チェックの後継者づくり(2018–2022)

2026.09.07 Burberry 編集部
新任のデザイナーが服ではなく記号から着手したという異例性を理解させる

リッカルド・ティッシ(Riccardo Tisci)がバーバリー(Burberry)で最初に手をつけたのは、服ではなく記号だった。
就任わずか半年で発表したデビューコレクションの目玉は、創業者トーマス・バーバリー(Thomas Burberry)の頭文字を組んだTBモノグラム。
約160年、このメゾンの紋章はチェックだった。
その後継を、彼はいきなり用意しにかかった。
なぜ、よりによって記号から始めたのか——本稿はこの一点を軸に、2018年から2022年までの4年半を追う。

記号から始めた、という異例

デザイナーが就任してまず服を出すのは当たり前だ。
ティッシが出したのは、まず文字だった。

2018年3月12日、彼はチーフ・クリエイティブ・オフィサーに就く。
ジバンシィ(Givenchy)で2005年から2017年まで12年、クリエイティブ・ディレクターを務めた男である。
同じ頃、CEOにはセリーヌ(Céline)から2017年夏にマルコ・ゴベッティ(Marco Gobbetti)が着任していた。
セリーヌ人脈のふたりが、揃ってロンドンへ移ってきた格好だ。

そして9月、最初のコレクションが来る。
中心にあったのが、ピーター・サヴィル(Peter Saville)の手によるTBモノグラムだった。

サヴィルの名前は服飾の外で知られている。
ジョイ・ディヴィジョンやニュー・オーダーのレコードジャケットを手がけた、英国のグラフィックデザイナーだ。
ティッシが記号の刷新を、ファッション畑ではなくグラフィックの本職に委ねた——この人選そのものが、彼の狙いを語っている。
作りたかったのは服の柄ではなく、単体で流通する紋章だった。

なぜチェックの「後継」が要ったのか

チェックには、消せない過去がある。
だからもう一つ、別の紋章が要った。

バーバリーのチェックは、少なくとも1920年代からトレンチコートの裏地として使われてきた。
ベージュ、黒、白、赤。
長らく内側に隠れていたこの柄が表へ出るのは、1960年代にパリ店のバイヤーがアクセサリーに使い始めてからで、1990年代にはスカーフやバッグ、衣服の主役に躍り出る。

問題は、そこから起きた。

1990年代から2000年代、ノヴァ・チェックは英国で「チャヴ(chav)」文化と結びついた。
2002年、女優ダニエラ・ウェストブルック(Danielle Westbrook)が全身ノヴァ・チェックで写ったことが決定打とされる。
高級百貨店はショーウィンドウからバーバリーを外し、一部のパブは着用そのものを断った。
フーリガンの記号として読み替えられたのだ。
究極の機能から生まれた気高い柄が、階級の下方に貼りつけられる——この反転を、メゾンは自ら封じるしかなかった。
ノヴァ・チェックの一部製品は製造を止めている。

つまりチェックは、包む相手を選べない記号になっていた。
誰の身体を通るかで意味が裏返る。
ティッシが着任した2018年、その傷はまだ完全には癒えていない。

TBモノグラムは、この履歴を持たない白紙の紋章だった。
チェックを捨てるのではなく、傷のない第二の記号を隣に置く。
片方が背負った過去を、もう片方が肩代わりする構えである。

チェックが階級とサブカルチャーの記号へ反転し、傷を負った紋章になった経緯を理解させる

賭けの中身——ビジネスウェアに官能、ストリートに格

ティッシがバーバリーに持ち込んだ方向は、二方向から服の格を組み替えるものだった。

ひとつは、ビジネスの服にエッジと官能を差すこと。
もうひとつは、格上げしたストリートウェアに切迫感を与えること。
堅実な英国の実務家という素顔に、ジバンシィで磨いたダークな官能とストリートの語彙を接ぎ木する。
TBモノグラムは、その両方に貼れる記号として機能した。
スーツにも、フーディにも、同じ紋章が乗る。
階級の上下を一つの文字が横断する——チェックが果たせなくなった役割を、傷のない記号でやり直す試みだった。

もっとも、これがうまくいったかどうかは、また別の話になる。
後で戻る。

ビジネスウェアに官能を、ストリートに格を与える二方向の掛け合わせをTBが橋渡しする構造を理解させる

『Tempest』——チェックの物語に、自ら手を入れる

賭けが服として結実したのが、2019年2月17日のAW19だった。

コレクション名は『Tempest』。
テート・モダン(Tate Modern)の地下、タンクスと呼ばれる空間に、対照的な二つのしつらえを作って発表した。
旧発電所の巨大な貯油槽を転用した会場である。
荒々しいコンクリートの闇と、別の空間。
二つの対比そのものが、このコレクションの構造を語っていた。

ここでティッシは、ヴィンテージのチェックとTBモノグラムのプリントを、同じ舞台で再訪する。
封印と復活を繰り返してきたチェックの物語に、後任者として自分の手を差し入れたわけだ。

新しい記号を立てながら、古い記号も捨てない。
矛盾に見える。
ただ、これはバーバリーが幾度も演じてきた振る舞いでもある。
CEOアンジェラ・アーレンツ(Angela Ahrendts)が「どこにでもある」状態を嫌ってライセンスを畳んだ一方、クリストファー・ベイリー(Christopher Bailey)は2017年9月、ストリートウェアの潮流に乗せてチェックを再び前面に戻した。
封じては戻す。
大衆化と希少化のあいだで揺れ続ける——ティッシの『Tempest』も、この長い揺れの一場面だった。

チェックを消せなかったのは、消せないからだ。
それは160年分の信頼を背負った紋章であり、同時に階級の傷を負った柄でもある。
両方を手放せない。

新旧の記号を同じ舞台で共存させた矛盾の演出、そして封じては戻す長い揺れの一場面であることを理解させる

fur-freeという、もう一つの刻印

記号の話に隠れがちだが、ティッシの時代にはもう一つの線が引かれた。

2018年、バーバリーはfur-free、毛皮の不使用を打ち出す。
就任年の宣言である。
かつてベイリーが2011年秋に毛皮づかいのルックを並べたことを思えば、方針の転換は明白だった。
天候と自然を「開かれた腕で受け入れる」と自己規定するメゾンにとって、動物由来素材からの離脱は、そのブランド哲学と地続きの選択だったと言える。
派手なコレクションの陰で、これは静かに残る刻印だった。

賭けは、どこへ着地したか

では、TBモノグラムの賭けは実ったのか。
ここで正直に書いておく必要がある。

売上の具体的な数字は、本稿の手元の資料の範囲では確認できない。
だから「成功した」「失敗した」と数字で断じることはしない。
ただ、着地点だけははっきりしている。

2022年9月、ティッシは退任した。
後任にはボッテガ・ヴェネタ(Bottega Veneta)の元クリエイティブ・ディレクター、ダニエル・リー(Daniel Lee)が着く。
そしてリーがまず何をしたか——2023年秋、デビューコレクションで復活させたのは、TBモノグラムではなかった。
1901年に生まれ1909年に商標登録された、あのエクエストリアン・ナイト、馬に乗った騎士の紋章だった。
ラテン語の「Prorsum(前へ)」を掲げる、より古い記章である。

つまり後任は、ティッシが立てた新しい紋章を主役の座から下げ、さらに古い紋章を呼び戻した。
CEOジョナサン・アケロイド(Jonathan Akeroyd)は「英国のルーツへ戻す」と約束していた。

これをティッシの賭けの否定と読むこともできる。
ただ、そう単純ではないだろう。
バーバリーは、常に自らの起源へ帰り、そこから再出発することを宿命づけられたメゾンだ。
ティッシのTBもまた「トーマス・バーバリーの頭文字」という起源への回帰だった。
リーが選んだ騎士も、より遠い起源への回帰にすぎない。
帰る先の深さが違うだけで、動作は同じである。

冒頭の問いに戻る。
ティッシはなぜ、服ではなく記号から始めたのか。
答えは、彼が引き受けたのが記号のメゾンだったからだ。
チェックという一つの柄が、包む相手次第で信頼にも侮蔑にもなる——その危うさを最も知る立場に、彼は着任した。
傷のない第二の紋章を用意することは、服を作るより先に済ませねばならない仕事だった。

その紋章がわずか4年半で脇へ退いたことは、賭けの規模をむしろ物語っている。
記号は、身体を通らなければ意味を持たない。
TBモノグラムがどの身体を包み、どの身体を選び損ねたのか。
その最終的な答えは、数字とともに、まだ書かれていない。

FAQ

TBモノグラムは誰がデザインしたのか。

英国のグラフィックデザイナー、ピーター・サヴィル(Peter Saville)である。
創業者トーマス・バーバリーの頭文字TBを組み合わせた紋章で、2018年9月のティッシのデビューコレクションで発表された。

ティッシはバーバリーの前にどこにいたのか。

ジバンシィ(Givenchy)で、2005年から2017年までクリエイティブ・ディレクターを務めた。
CEOのマルコ・ゴベッティがセリーヌから移ってきたのと同時期に、ふたりでバーバリーへ入っている。

ティッシの後任は誰で、何を変えたのか。

ボッテガ・ヴェネタ出身のダニエル・リー(Daniel Lee)が2022年9月に着任した。
2023年秋のデビューでは、1901年由来のエクエストリアン・ナイト(馬に乗った騎士)の紋章を復活させ、メゾンをより若々しく、英国のルーツへ寄せる方向を打ち出した。

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