ギャバジンとは──Burberry(バーバリー)が1888年に特許を取った、雨具を変えた布

2026.09.08 Burberry 編集部
織る前の糸を防水するという発想の逆転が、防水と通気を一枚に同居させたことを直感させる

雨具の歴史には、ひとつの転回点がある。
それは、織り上がった布に何を塗るかではなく、織る前の糸に何をするか、という発想の逆転だった。
ギャバジン(gabardine)は、糸そのものを防水してから織る。
この順序の入れ替えだけで、防水衣は重く息苦しいゴムの膜から、雨をしのぎながら息をする布へと変わった。
1888年、トーマス・バーバリー(Thomas Burberry)はこれを特許にした。

問いを先に置く。
過酷な自然に人が向き合うとき、衣服はそれを制圧する鎧になるのか、それとも受け流す皮膚になるのか。
ギャバジンが選んだのは後者だった。
そして、その選択がなぜ極地とエヴェレストと塹壕にまで連れていかれたのかを、この布一枚で追ってみたい。

発明の核心は、塗るのをやめて糸を選んだこと

ギャバジンの新しさは、防水の場所を移したことにある。

それ以前の防水衣は、綿にゴムを引いた。
水は通さない。
しかし空気も通さない。
着れば重く、内にこもった汗で蒸れる。
雨から身を守っているはずが、着ている当人が別の湿気に閉じ込められる。
防水と快適の両立は、当時ほとんど諦められていた。

バーバリーはその前提を疑った。
布の表面に膜を張るのをやめ、織る前の糸を一本ずつ防水したのだ。
防水した糸を密に綾織りにすれば、布は丈夫で水を弾き、なお繊維のあいだに空気の通り道が残る。
丈夫で、水に強く、それでいて息をする。
相反するはずの性質が一枚に同居した。

ここが肝心なところである。

ゴム引き綿が「水を通さない壁」を目指したのに対し、ギャバジンは「水に濡れにくく、けれど閉じない布」を目指した。
制圧ではなく、いなす。
のちにバーバリーが自らの目的を「両手を広げて天候を受け入れる」と言い表すことになる態度は、素材のこの設計思想にすでに芽生えていた、と見ていい。

表面に膜を張るゴム引き綿と、糸から防水するギャバジンの設計思想の対比を理解させる

一枚に決まった素材ではない、という不思議

ギャバジンと聞くと、特定の生地を思い浮かべたくなる。
だが、そうではない。

ギャバジンはウールでも綿でも、ポリエステルのような合成繊維でも織れる。
つまりギャバジンとは特定の繊維の名ではなく、糸を防水し、密に綾織りにするという「つくり方」の名だ。
素材が入れ替わっても、丈夫で水に強く息をするという性格は保たれる。
この柔軟さが、ギャバジンを一過性の発明で終わらせなかった。

現在、この生地はヨークシャー州キースリー(Keighley)のバーバリー・ミル(Burberry Mill)で織られている。
発明が特許という紙の上の権利で終わらず、いまも一つの工場で織り続けられている——この地続きの事実が、ギャバジンをブランドの神話ではなく物性の話にとどめている。

では、この実務的な布は、どうやって英雄譚の側へ渡っていったのか。

ギャバジンが特定の繊維でなく糸を防水し密に綾織りにする『つくり方』の名だと理解させる

極地と山が、この布の証人になった

答えは単純で、しかも重い。
人類が最も過酷な場所へ向かうとき、この布が同行したからだ。

1911年、バーバリーは人類で初めて南極点に到達したロアール・アムンセン(Roald Amundsen)に装備を提供した。
1914年、南極大陸横断を率いたアーネスト・シャクルトン(Ernest Shackleton)もバーバリーのギャバジンをまとった。
しかも一度ではない。
シャクルトンは20世紀初頭、三度の極地遠征でこの布を着ている。

三度、という数字を軽く見ないほうがいい。

一度の成功なら幸運かもしれない。
だが、命を賭ける遠征に同じ布を三度選ぶという行為は、その素材への信頼が偶然ではなかったことを示している。
極寒の風は、宣伝文句を試す最も残酷な審査員だ。
そこで繰り返し選ばれたという事実そのものが、証言になっている。

そして1924年。
ジョージ・マロリー(George Mallory)がエヴェレストに挑んだとき、その身にはバーバリーのギャバジンのジャケットがあった。
南極の平原から地球の最高地点まで、この布は人類の到達史の背景に、いつもいた。

こうした実績は、机上の性能表よりずっと雄弁だ。
糸を防水するという地味な工夫が、地球で最も人を寄せつけない場所で試され、生き延びた。
ギャバジンの信頼は、広告ではなく遠征隊の背中が作った。

極寒と最高地点で繰り返し選ばれた実績こそがギャバジンの信頼を作ったことを理解させる

塹壕で名を得た、もうひとつの顔

同じ布は、山や極地とは別の極限へも運ばれた。
戦場である。

トレンチコートの原型は、1895年に特許を取った「タイロッケン(Tielocken)」コートだった。
ベルトで前を留めるこの一着が、第一次世界大戦で英国将校の装いへと仕立て直される。
塹壕(trench)で兵士が着たことから「トレンチコート」の名がつくのは、タイロッケン特許の13年後のことだ。
名前は布から生まれたのではなく、着られた場所から生まれた。

ベルト、肩章(エポーレット)、ガンフラップ、Dリング、雨を防ぐストームシールド。
トレンチコートのディテールは、どれも装飾ではなく戦場の要請から来ている。
機能が形になり、その形がのちに美と呼ばれた。

戦争が終わると、このコートは兵士の手を離れ、市民の日常へ広がっていった。
軍装が普段着になる——この移動のなかで、トレンチコートは「英国的」という視覚記号そのものになっていく。
素材の発明から始まった物語は、ここで一着の服の物語へと結晶した。

究極の機能から生まれた記号が、着る人を選び始めた

ここに、この物語のいちばん厄介な矛盾がある。

トレンチコートの裏地には、少なくとも1920年代からチェックが使われてきた。
ベージュ、黒、白、赤。
もともとは表に出ない、内側の模様だった。
それが1960年代にパリ店のバイヤーの手で小物へ移り、1990年代には表舞台に躍り出る。
スカーフ、バッグ、服。
裏地の紋章が、ブランドの顔になった。

そして皮肉が起きた。

1990年代から2000年代にかけて、このチェックは英国で「チャヴ(chav)」文化と結びつく。
2002年、女優ダニエル・ウェストブルック(Danielle Westbrook)が全身チェックで現れると、上流階級はバーバリーから距離を取り、高級百貨店はショーウィンドウから外した。
フーリガンとの連想から、一部のパブでは着用が禁じられさえした。
同じ頃、大量の模造品がブランドのイメージを傷つけた。

極地の英雄と塹壕の兵士のための「究極の機能」から生まれた気高い紋章が、いつのまにか「誰が着てよいか」という階級の線引きの標的になっていた。

バーバリーはチェックを一時封印する。
ノヴァチェックの一部商品を製造中止にし、コレクションでの露出を減らした。
CEOのアンジェラ・アーレンツ(Angela Ahrendts)はライセンスを畳み、「どこにでもある」状態を嫌って希少性へ舵を切る。
ところがその後、クリストファー・ベイリー(Christopher Bailey)は2017年、ストリートウェアの潮流に乗せて再びチェックを前面へ戻した。

封印しては解き、遠ざけては呼び戻す。
この揺れは何を意味するのか。

「両手を広げて天候を受け入れる」と自らを規定したブランドが、実際には「誰に着てほしいか」を選び続けている。
開かれた腕と、選別のまなざし。
ギャバジンが自然の雨を「制圧せず受け入れる」布として生まれたことを思えば、この矛盾は残酷なほど鮮やかだ。
布は雨を選ばないのに、記号は人を選んでしまう。

ラグジュアリーの記号は、誰の身体を通るかで意味が反転する。
バーバリーのチェックが露わにしたのは、その一点だった。

それでも、いつも起源へ帰ってくる

矛盾を抱えながら、このブランドが繰り返す動作がひとつある。
起源への回帰だ。

リカルド・ティッシ(Riccardo Tisci)は創業者の頭文字を組んだTBモノグラムを掲げ、ダニエル・リー(Daniel Lee)は2023年秋、1901年生まれのエクエストリアン・ナイト——ラテン語の「Prorsum(前へ)」を掲げた騎士——を復活させた。
CEOのジョナサン・アケロイド(Jonathan Akeroyd)は「英国のルーツへ戻す」と約束した。
そして「It’s Always Burberry Weather」というロンドン賛歌のキャンペーン。
170周年を機に投入されたギャバジン・カプセルは、素材の名を冠している。

顔ぶれは変わる。
帰る場所は変わらない。

騎士が掲げた「Prorsum=前へ」という言葉と、絶えず起源へ立ち返る宿命は、一見矛盾している。
だが、たぶん逆だ。
前へ進むために、この実務家は毎回いちばん最初の一枚——糸を防水したあの布——へ戻る。
冒頭の問いに戻れば、答えははっきりしている。
過酷な自然に、鎧ではなく、いなす布で向き合う。
その最初の選択こそが、何度でも帰る先なのだ。

英国の湿った空の下を、飾らずに歩き続ける実務家。
極地の英雄にも塹壕の兵士にも寄り添い、時代ごとに顔を変えることを恐れない。
その原点に、塗るのをやめて糸を選んだ、あの地味な逆転がある。

FAQ

ギャバジンとふつうの防水布は何が違うのですか

防水する場所が違う。
従来のゴム引き綿は織り上がった布の表面にゴムの膜を張り、水は通さないが空気も通さず重かった。
ギャバジンは織る前の糸を防水し、密に綾織りにするため、丈夫で水に強く、なお通気する。
1888年に特許が取られ、雨具の常識を覆した。

ギャバジンは決まった繊維でできているのですか

いいえ。
ギャバジンはウール、綿、ポリエステルなどの合成繊維でも織れる。
特定の繊維の名ではなく、糸を防水して密に綾織りにするつくり方の名前だと考えるとよい。
現在はヨークシャー州キースリーのバーバリー・ミルで織られている。

なぜ探検家たちはギャバジンを選んだのですか

過酷な環境で、水に強く、それでいて蒸れずに動ける布が必要だったからだ。
アムンセンの南極(1911年)、シャクルトンの三度の極地遠征、マロリーのエヴェレスト挑戦(1924年)にギャバジンは同行した。
繰り返し命を賭ける場面で選ばれ続けたことが、この布の信頼を裏づけている。

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